稲(とう)・中・美 濃尾環状歴史街道・稲置街道(名古屋その2)「稲置」とは、当時街道沿いにあった村の(「稲置村」、現・犬山市)から付けられました。
味鋺神社境内にあります。味鋺側から見るふれあい橋(人道橋)。ご来光が見られるという。当時は「味鋺の渡し」として賑わいを見せたという。
西八龍社。ふれあい橋を渡ってすぐ東の社で雷除けの神社として知られる。朱雀天皇の御代承平年間(921~938)の創立と伝えられる。また境内の榎の大木は神社には珍しく旧東海道の一里塚には幕府から榎を植えつけるよう指示され、夏の木「国字・榎」とされ木陰を作り休息に適するといわれ、さらに国蝶の「オオムラサキ」は榎の若葉を餌とし産卵すると記されています。
味鋺神社。味鋺神社境内にあります。上記味鋺神社境内にあります。この橋を渡り庄内川堤防へ出て味鋺の渡しを経てを通り名古屋へ通じていたと記され、加藤清正の命により架けられたと伝えられる。関連:稲置街道(別名:木曾街道)駅から北へ約1.8キロ庄内川右岸北区楠あじまにあります。市バスが便利です。
護国院の近くを通る:稲置街道(別名:木曾街道)護国院の東にあります。ニ子山古墳に代表される味美古墳群の一つで三角縁神獣鏡も出土されているといわれ護国院に収蔵されている。
上記護国院から北へ約400メートルにあります。白山神社古墳・御旅所古墳。白山神社古墳・御旅所古墳春日山古墳(右)。春日山古墳の西隣の春日山弁財天。
二子山古墳。今日は名鉄・小牧線味鋺駅から国道41号線に沿って歩き始め、最初の史跡です。
旧稲置街道一里塚。高さ60~70cm、民家の塀際で見逃しやすい。左は尾張藩のお休み処:丹羽家跡地の小公園。名古屋と小牧は距離が長く「間の宿」が置かれるのですがそれほどの集落もなく鷹狩りを兼ねたお休み処が置かれていたようです。
味鋺原新田一里塚碑拡大中写真は41号線と勝川へ通じる三叉路で(名古屋・清水方面を撮る)、ここに道標を兼ねた地蔵像(左)があります。黄色矢印。また41号線には名称板も判明できないお堂も残されています(右、お世話をされていないようです)。
安藤家は尾張藩主のお休み処として控えの間と茶室があります。国道沿い正念寺境内にあります。
正念寺と反対側に立つ今上(明治)天皇御駐輦碑と前の41号線(中写真)。神明社と前の41号線(旧木曾街道)。県営名古屋空港の東をほぼ一直線に北上、味鋺原新田という湿地帯のため集落もなく史跡も無い長い街道でしたがいよいよ小牧市中心の宿場へ入ります。
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原ファイル: inagikaido-nagoya2.htm