●中村公園駅周辺案内The Nakamura Koen station circumference guidance (no.1)名古屋市交通局リンク:
左は南、岩塚~高畑駅方面。右は北、中村日赤~亀島方面を撮る。右写真大鳥居は1929年(昭和4)ごろ、完成。当時の大鳥居周辺はリンク:名古屋市秀吉清正記念館 特別展示室
豊国神社拝殿前で撮る。豊国神社に隣接する豊臣秀吉誕生地。リンク:名古屋市秀吉清正記念館 特別展示室中村公園内の八幡社。
中村公園と園内の日吉丸と仲間たちの銅像。上記の銅像から東へ100メートルのところに秀吉誕生の地常泉寺があります。「豊太閤御誕地」の石碑(左)と秀吉産湯の井戸(右)があります。
なお誕生地については現在の中村中町(南へ約800メートル)とする説があります。秀吉関連、母(大政所)の屋敷跡秀吉関連、男子誕生祈願上記常泉寺西に隣接して建っています。
ハイビジョン動画:太閤まつりと日吉丸時代第1部|
西光寺。豊臣秀吉の母堂の旦那寺であったと古文書が伝えるこの寺は、昔は清須にあり、いつの頃からかこの地に移ったといわれます。この寺に笹島焼元祖の墓があります。笹島焼は現在の名古屋駅の敷地内となる場所で焼かれていた楽焼の一種で、酒器が多く、絵とともに、川柳・風刺のようなものを書く風雅なものでした。中村区役所説明引用。
薬師寺(左)。古書に、豊臣秀吉が小田原征伐の帰路この村に立ち寄って古老達と語り合ったとき、この薬師仏を拝まれた、とあります。本尊薬師如来は尼僧一代一会の開扉の他は秘仏とされています。明治6年、中村小学校の前身である「小学銀杏学校」がこの寺に置かれ、今も当時の手洗鉢が残されています。
右は正賢寺。真宗大谷派。山号は亀頭山、本尊は阿弥陀如来像。「尾張徇行記」にも記されている。
正賢寺命日帳に第三世教秀とあり、「母は秀吉公の娘(あね)」とある。欄間の彫刻は江戸時代のまま保存されており、見事である。以上中村区役所説明引用。
石神社の南西にある押木田公園,その一角にある下中八幡宮。由緒記には「元来この地は往時東海、東山両道の要衝にあたり・・・・・」記されている。
下中八幡宮。由緒記拡大日之宮神社。日吉公園の一角にあります。日之宮神社社殿の東隣に建っています。日吉丸(後の豊臣秀吉)の生母祈願の跡の記念碑。
左の石碑は地元の古老によると生母は日吉丸の素行を懸念して祈願したという。中村公園駅(太閤まつり第1部)中村公園駅(太閤まつり第2部)中村公園駅(太閤まつり第3部)中村公園駅(太閤まつり第4部)中村公園駅(太閤まつり第5部)中村公園駅(太閤まつり第6部)豊国神社の西側にある中村公園文化プラザ2階にはがあります。二人に関する美術工芸品、古文書類、木像甲冑、刀剣など数百点に及ぶ資料が展示されています。
中村日赤(藤ケ丘行き)太閤まつりと日吉丸時代第1部
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原ファイル: kouen.htm