中山道・河渡宿(ごうどじゅく)の概要
河渡宿は中山道の宿場町で、長良川の渡し「河渡の渡し」の南岸に位置しました。渓斎英泉作『木曽街道六十九次』のうち「河渡 長柄川鵜飼」(岐阜県博物館所蔵、ウィキメディア・コモンズ経由)にも描かれた、歴史ある宿場です。公共交通機関をご利用の場合はJR東海道本線・西岐阜駅下車、北へ約1.6キロです。
小紅(おべに)の渡し
「小紅の渡し」は長良川を渡る現役の渡し場で、現在も運行されている町民の足です。観光用の運行はしていません。対岸に手を振って合図すれば来てくれます。無料で、乙津寺(おっしんじ)の南隣にあります。


乙津寺(おっしんじ)
乙津寺は国の重要文化財を有する古刹で、本堂の裏側をコの字に囲むように88箇所の石仏が配置されており、簡易に拝観できるようになっています。


乙津寺の由緒書、そして境内に建つ塩谷鵜平の句碑もあわせてご覧いただけます。
小紅の渡しから望む金華山・岐阜城
小紅の渡しからは、対岸に金華山と岐阜城を望むことができます(右、黄色の矢印)。左は対岸の河渡宿側の風景です。

乙津寺から河渡橋までの街道沿い
乙津寺から河渡橋までの街道沿いには、北野神社とお堂があります。なぜか「港中山道」と刻まれた道標も建っています。

河渡橋と橋のたもとには、数々の木製の道標が集められています。

河渡宿の木戸跡と馬頭観音菩薩堂
旧中山道の河渡宿の木戸に当たる場所です。同じ場所には馬頭観音菩薩堂もあります。


河渡一里塚跡と松下神社
旧中山道の河渡宿・河渡一里塚跡です。近くには松下神社もあります。

杵築神社・慶応橋と生津縄手の街道
右から杵築神社、慶応橋と続きます。生津縄手(左)といわれた街道でしたが、今は会社やハウス、倉庫などが点在しています。

馬場の追分
馬場の追分に立つ石碑と祠です。道標らしきものは見当たりませんが、左の道へ進みます。右は今来た道を振り返った様子です。

河渡宿代官所跡と高札場跡周辺
河渡宿代官所跡と街道の様子です。

左上2枚は高札場跡と町並み、右上は本田地蔵堂、右下は立て場跡と街道町並み、左下は糸貫橋です。

五六橋と付近の街道風景です。


関連シリーズ
関連リンク:水森かおり「ひとり長良川」。稲(とう)・中・美:濃尾環状歴史街道シリーズ — 稲置街道(名古屋市内その1/その2、小牧宿その1、小牧宿・史跡小牧山 特集、犬山宿その1/その2/その3)。
濃尾環状歴史街道:美濃路シリーズ — 名古屋宿その1/その2/その3、清須宿その1/その2、萩原宿〜起宿その1/その2、墨俣宿その1/その2、大垣宿その1。これより中山道(岐阜県内)— 関が原宿その1、中山道・赤坂宿その1。
中山道(岐阜県内)の小さな旅(河渡宿→赤坂宿→土田宿→今渡り渡し場)。稲(とう)・中・美 濃尾環状歴史街道、中山道・69次ハイビジョン動画館。
地図で行き先を調べる
インターネット地図検索サービス「るーとMap」で、行き先までの道順を調べてみましょう。
※ 小紅の渡しは長良川を渡る岐阜市唯一の渡し船で、岐阜県道173号の一部として現在も無料で運行されています(月曜・年末年始は休航、増水・悪天候時は欠航)。水面から望む金華山・岐阜城の景観が美しく、毎月21日は鏡島弘法(乙津寺)の縁日で参詣客が利用することでも知られます。
※ 乙津寺(鏡島弘法)は臨済宗妙心寺派の古刹で、天平10年(738年)行基開創と伝えられ、木造毘沙門天立像など国の重要文化財を所蔵します。
原ファイル: go-dosyuku.htm