中山道・御嶽宿(その2)
街道
編集部確認 2026年4月
中山道・御嶽宿(その2)旧東海道、名古屋市周辺の街道、宿場を訪ね終えて、今なお宿場の風景を残す、しかも名古屋の近くを通る中山道(岐阜県内)及び名古屋城への脇往還とし、地域の主要な道としての稲置街道(名古屋~犬山・鵜沼宿)を訪ねることにしました。写真は宿場の掲示板です。
左は細久手宿へ行く21号線。御嶽宿の東、上町の秋葉神社の井戸。万一の火災に備え用心井戸として残され普段は飲料水として利用されていた。右写真は「だんどこ」といわれる地元の女性たちが運営するギャラリー。常設展に加えて展示等も行われ、コンサートも人気をよんでいる。
商家・竹屋の内部(五月人形)と商家。商家・竹屋前の飾りと街並み。右側奥の家。御嶽宿・本陣跡。右は御嵩富士。
右:脇本陣跡。現在は中仙道みたけ館。左:わいわい館、お連れとわいわい。一人でゆっくりコーヒーひと休み)。
御嵩駅前に広大な広さを持つ古刹・願興寺。豪華な鐘楼門と山門です。日本三大薬師の一つで、があります。リンク:本堂(国指定重文)。弘仁6(815)年 伝教大師(最澄)がこの地に施薬院を建立し、薬師如来像を奉納安置。長徳4(998)年 一条天皇の勅願により、「願興寺」を賜る。
御嵩駅前通りと商店「かしわや」。左下はみたけ館内の旅姿展示物。愚渓寺。御嶽宿を見下ろす山の中腹にあります。
愚渓寺の石庭は京都・竜安寺の原型といわれる。愚渓寺の参詣を済ませて西へ約10分、宝塚古墳の小高い山の頂に祠がありました。
左:首塚の左に立つ正岡子規の歌碑「草枕むすぶまもなき うたたねの ゆめおどろかす野路の夕立」。
顔戸城(ごーとじょー)址。右写真は国道21号線と旧中山道との区別案内標識。左は可児川沿いの21号線。
町中を流れる可児川風景。比衣一里塚跡へ立ち寄った後、この在原行平卿墳を訪ねて次の伏見宿へ移動します。
比衣一里塚跡。と付近の街道。これより中仙道東・中・美:環状歴史・出世街道中仙道(関が原宿その1)中仙道(関が原宿その2)中仙道(柏原宿その1)中仙道(柏原宿その2)中仙道(柏原宿その3)中仙道(醒ヶ井宿その1)中仙道(醒ヶ井宿その2)中仙道(高宮宿その1)中仙道(高宮宿その2)へ行くへ行く
中山道・御嶽宿(その2) 旧東海道、名古屋市周辺の街道、宿場を訪ね終えて、今なお宿場の風景を残す、しかも名古屋の 近くを通る中山道(岐阜県内)及び名古屋城への脇往還とし、地域の主要な道としての稲置街道( 名古屋~犬山・鵜沼宿)を訪ねることに
中山道・御嶽宿(その2) 旧東海道、名古屋市周辺の街道、宿場を訪ね終えて、今なお宿場の風景を残す、しかも名古屋の 近くを通る中山道(岐阜県内)及び名古屋城への脇往還とし、地域の主要な道としての稲置街道( 名古屋~犬山・鵜沼宿)を訪ねることに
左は細久手宿へ行く21号線。 道標
御嶽宿の東、上町の秋葉神社の井戸。万一の火災に備え用心井戸として残され普段は 飲料水として利用されていた。右写真は「だんどこ」といわれる地元の女性たちが運 営するギャラリー。常設展に加えて展示等も行われ、コンサートも人気をよんでいる。
商家・竹屋の内部(五月人形)と商家。
商家・竹屋前の飾りと街並み。右側奥の家。
御嶽宿・本陣跡。右は御嵩富士。
右:脇本陣跡。現在は中仙道みたけ館。左:わいわい館、お連れとわいわい。一人でゆっくり コーヒーひと休み)。
御嵩駅前に広大な広さを持つ古刹・願興寺。豪華な鐘楼門と山門です。日本三大薬師の一つで 医王寺、三河の鳳来寺があります。リンク:願興寺
本堂(国指定重文)。弘仁6(815)年 伝教大師(最澄)がこの地に施薬院を建立し、 薬師如来像を奉納安置。長徳4(998)年 一条天皇の勅願により、「願興寺」を賜る。
御嵩駅前通りと商店「かしわや」。左下はみたけ館内の旅姿展示物。
愚渓寺。御嶽宿を見下ろす山の中腹にあります。 愚渓寺案内拡大
愚渓寺の石庭は京都・竜安寺の原型といわれる。
愚渓寺の参詣を済ませて西へ約10分、宝塚古墳の小高い山の頂に祠がありました。
左:首塚の左に立つ正岡子規の歌碑「草枕むすぶまもなき うたたねの ゆめおどろかす 野路の夕立」。鬼の首塚
顔戸城(ごーとじょー)址。
右写真は国道21号線と旧中山道との区別案内標識。左は可児川沿いの21号線。
町中を流れる可児川風景。
比衣一里塚跡へ立ち寄った後、この在原行平卿墳を訪ねて次の伏見宿へ移動します。 在原行平卿墳
比衣一里塚跡。と付近の街道。
原ファイル: mitake-syuku2.htm