覚王山駅周辺案内図(2)
歴史・人物
編集部確認 2026年4月
覚王山駅周辺案内図(2)名古屋市交通局リンク:平成19年名古屋市に寄贈された揚輝荘庭園の池面に映る日泰寺五重塔。
歴史と文化の遺産:伴華楼現在は渡ることは出来ません。歴史と文化の遺産・揚輝荘1部
駅からほぼ東北へ約900メートル、山水景勝の地・千種区城山町にあります。左上は義直直筆の額。
義直公葬儀が相応寺で行われたことは市教委説明で伺い知ることができます。リンク:
左は本堂。境内には中京の茶人・堀田宗達の茶室があり、その縁で建立された「茶筅塚」(右写真)。
正法寺と寺前の静かな佇まいの道です。約1時間、この付近八箇所のお寺巡りで行き会った人はたった一人でした。昭和22年に尼僧学林がここに再建され、後に愛知専門尼僧堂、特別尼僧堂も建立され、厳しい仏門修行が続けられている。(千種区役所説明文引用)
大龍寺。江戸時代中ごろ東区新出来町に建立され、明治の末ごろ現在地に移転。本堂は一見城郭のような雰囲気の珍しい建築です。また本堂の両側にある御堂は五百羅漢が安置され,「らかんさん」として親しまれています。本堂前には写真のように全国有名な寺院の名が彫られた石塔がずらりと並んでいます。
右は大林禅寺。寛永5(1628)年尾張藩祖徳川義直の家臣滝川忠征が、名古屋城築城の余材をもって中区桑名町に創建し、戦時中に現在地に移る。滝川氏の菩提寺で、境内には滝川一族の墓碑が並ぶ。(千種区役所説明文引用)
左・台観寺,右・尋盛寺の山門、文禄4(1595)年尋盛上人が清州に創建。中区の白川町を経て、現在地に移転。山門は清州越し以来のものという。
(千種区役所説明文引用)境内には弘法大師作といわれる大黒天があり、春の大黒祭は賑わう。昼間でも薄暗く深い山道を体感しますが5分も歩けば賑やかな街並みに出る。曲がりくねった山道とお寺が隣合っています。
尋盛寺境内にある印章塚
常楽寺とリンク:の碑。
縁結びの御神木「連理木・れんりぼく」、現在養生修理中。下記リンク参照
リンク:
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平成19年名古屋市に寄贈された揚輝荘庭園の池面に映る日泰寺五重塔。 揚輝荘案内拡大
歴史と文化の遺産:伴華楼
現在は渡ることは出来ません。 歴史と文化の遺産・ 揚輝荘1部 揚輝荘2部
歴史と文化の遺産・ 揚輝荘1部
相応寺
左は本堂。境内には中京の茶人・堀田宗達の茶室があり、その縁で建立された「茶筅塚」(右写真)。
正法寺と寺前の静かな佇まいの道です。約1時間、この付近八箇所のお寺巡りで行き会った人は たった一人でした。昭和22年に尼僧学林がここに再建され、後に愛知専門尼僧堂、特別尼僧堂も 建立され、厳しい仏門修行が続けられている。(千種区役所説明文引
正法寺と寺前の静かな佇まいの道です。約1時間、この付近八箇所のお寺巡りで行き会った人は たった一人でした。昭和22年に尼僧学林がここに再建され、後に愛知専門尼僧堂、特別尼僧堂も 建立され、厳しい仏門修行が続けられている。(千種区役所説明文引
大龍寺。江戸時代中ごろ東区新出来町に建立され、明治の末ごろ現在地に移転。本堂は一見 城郭のような雰囲気の珍しい建築です。また本堂の両側にある御堂は五百羅漢が安置され, 「らかんさん」として親しまれています。本堂前には写真のように全国有名な寺
右は大林禅寺。寛永5(1628)年尾張藩祖徳川義直の家臣滝川忠征が、名古屋城築城の余材を もって中区桑名町に創建し、戦時中に現在地に移る。滝川氏の菩提寺で、境内には滝川 一族の墓碑が並ぶ。(千種区役所説明文引用)
左・台観寺,右・尋盛寺の山門、文禄4(1595)年尋盛上人が清州に創建。中区の白川町を経て、 現在地に移転。山門は清州越し以来のものという。 (千種区役所説明文引用)
境内には弘法大師作といわれる大黒天があり、春の大黒祭は賑わう。昼間でも薄暗く深い山道を 体感しますが5分も歩けば賑やかな街並みに出る。曲がりくねった山道とお寺が隣合っています。
尋盛寺境内にある印章塚
常楽寺とリンク:浅井国幹先生の碑。
縁結びの御神木「連理木・れんりぼく」、現在養生修理中。下記リンク参照
リンク:城山八幡宮
当駅東山線次は
原ファイル: kakuozan2.htm