中山道・野尻宿
街道
編集部確認 2026年4月
中山道・野尻宿恵那市大井橋で撮影したものです。「野尻 伊奈川橋 遠景」のサインがあります。
伊奈川橋風景はで掲載しています。野尻宿案内標識付近の中山道。対岸の大桑発電所(右)と野尻宿へ行く坂道。
踏み切りを越える(右端)とまもなく野尻宿高札場跡(中)ですが撤去されて隣接する題目碑(中)。集落へ行く街道(左)。
道標と江戸方(右)及び京方(左)を撮る。本陣跡(左)と付近の町並み、七曲りといわれる野尻宿の町並み。
下在郷一理塚跡と付近の町並み。左は野尻駅。下在郷一理塚跡(推定)阿寺渓谷橋付近の景観1。左木曾川下流と右は木曽駒連峰を撮る。
木曽駒連峰の遠望。阿寺渓谷橋付近の景観2。右写真の奥に阿寺渓谷が展開します。左は木曾川本流。
阿寺渓谷リンク:二十三夜碑、石塔が並ぶ集落。八人岩沢に架かる下横橋を渡ってすぐ左の急坂を登り十二兼集落にはいります。
木曽熊野神社(左)。またこの付近から上記の集落の間に立場があったといわれます。南の「寝覚ノ床」といわれる中川原峡。柿其橋(かきそればし、右下)から撮る。
中川原明治天皇小休止所跡碑と御膳水跡碑。十二兼一里塚跡(中)、19号線沿い)と江戸方(左)及び京方(右)を撮る。
十二兼駅。なぜか上りホーム端に常夜灯が建って(左、名古屋方面)います。木曽川と迫る山に挟まれた狭い空地に旧中山道、国道19号線、jr中央本線が重なるように通じている場所で、上りホーム(名古屋方面)常夜灯と東側の19号とは10m位離れているだけ、さらに19号を南へ約100mで一里塚碑(上記写真)があり、旧中山道の様子が彷彿としてきます。
金知屋一里塚跡(中)。探すのに一時間余かかりました。背丈以上の雑草がひどく困難ですが一本松の根っこまで掻き分けて入って(左端)下さい。またこの付近には先祖の墓石群が点在し街道の痕跡もみられます。jr中央線の改修工事で大きく変更されたのでしょうか。
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これより中仙道(岐阜県内)中仙道(関が原宿その1)中山道・赤坂宿(その1)
これより中山道(木曽路:11宿)
中山道・69次
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中山道・野尻宿 恵那市大井橋で撮影したものです。「野尻 伊奈川橋 遠景」のサインがあります。 伊奈川橋風景は須原宿で掲載しています。 野尻宿案内標識付近の中山道。 対岸の大桑発電所(右)と野尻宿へ行く坂道。 踏み切りを越える(右端)とまもな
野尻宿案内標識付近の中山道。
対岸の大桑発電所(右)と野尻宿へ行く坂道。
踏み切りを越える(右端)とまもなく野尻宿高札場跡(中)ですが撤去されて 隣接する題目碑(中)。集落へ行く街道(左)。
道標と江戸方(右)及び京方(左)を撮る。
本陣跡(左)と付近の町並み、
七曲りといわれる野尻宿の町並み。
下在郷一理塚跡と付近の町並み。左は野尻駅。 下在郷一理塚跡(推定)
下在郷一理塚跡と付近の町並み。左は野尻駅。 下在郷一理塚跡(推定)
阿寺渓谷橋付近の景観1。左木曾川下流と右は木曽駒連峰を撮る。
木曽駒連峰の遠望。
阿寺渓谷橋付近の景観2。右写真の奥に阿寺渓谷が展開します。左は木曾川本流。 阿寺渓谷 阿寺渓谷橋撮影場所リンク: おおくわナビ
二十三夜碑、石塔が並ぶ集落。八人岩沢に架かる下横橋を渡ってすぐ左の急坂を登り 十二兼集落にはいります。
木曽熊野神社(左)。またこの付近から上記の集落の間に立場があったといわれます。
南の「寝覚ノ床」といわれる中川原峡。柿其橋(かきそればし、右下)から撮る。
中川原明治天皇小休止所跡碑と御膳水跡碑。
十二兼一里塚跡(中)、19号線沿い)と江戸方(左)及び京方(右)を撮る。 十二兼一里塚跡
十二兼駅。なぜか上りホーム端に常夜灯が建って(左、名古屋方面)います。木曽川と 迫る山に挟まれた狭い空地に旧中山道、国道19号線、jr中央本線が重なるように通じ ている場所で、上りホーム(名古屋方面)常夜灯と東側の19号とは10m位離れてい
金知屋一里塚跡(中)。探すのに一時間余かかりました。背丈以上の雑草がひどく困難ですが 一本松の根っこまで掻き分けて入って(左端)下さい。またこの付近には先祖の墓石群が点在 し街道の痕跡もみられます。jr中央線の改修工事で大きく変更されたので
野尻宿
原ファイル: nojiri-syuku1.htm