崇福寺
織田信長関連(岐阜城・その2)崇福寺。織田信長・信忠の廟所。本堂の廊下天井には、関が原合戦の一ヶ月ほど前、岐阜城が落城した際、戦死した将兵(38名)の霊を弔うため城の床板が天井に張ってあり、床板と血痕は同色系ですが血痕跡が一段と濃く廊下天井に広がっています。

崇福寺本堂と前の石庭園。

織田信長公父子廟
本堂裏にある織田信長公父子廟。左端は野位牌形の石碑で縦に両分して父子の法名を左右に並べて刻まれています。


本堂裏にあります。左は関白一条兼良卿寄贈の中門、土塀。中は崇福寺。右は崇福寺門前から見る岐阜城。

岐阜城下の史跡
岐阜城下(金華山麓)にある板垣退助遭難の地関連:

金華山麓にある「山内一豊と千代の婚礼の地」(岐阜公園内左上写真)

黒田城(山内一豊出生地)岐阜城(信長関連・その1)岐阜城(信長関連・その2)金華山リス村(ムービー)
信長関連:吉乃(信長の側室)の生駒屋敷址
信長,道三初対面・聖徳寺
※ 崇福寺は臨済宗妙心寺派の寺院で、織田信長が岐阜入城後に菩提寺としました。本能寺の変の後、側室お鍋の方が信長・信忠の遺品を持ち込み廟所が設けられました。「血天井」は関ヶ原前哨戦(1600年)の戦死者38名を弔うもので、現在も拝観可能(拝観料200円)です。
原ファイル: gihuzyo2.htm