中山道・上松宿(その2)

中山道・上松宿(その2)

寝覚の床

中山道・上松宿(その2)。前回時間切れで終わった上松宿の後半は中山道から外れても天下の景勝地、寝覚の床に寄らずにはまいりません。今回はここから電車と徒歩で須原宿まで行く予定で、寝覚の床まで急な坂を上下するので体力をセーブしました。

寝覚の床展望台からの眺望
寝覚の床展望台から見下ろす中心部(左)とその上流の風景。

臨川禅寺と浦島太郎伝説

浦島太郎伝説(左石碑)がある臨川禅寺。寝覚の床展望台にある臨川禅寺境内の弁財天堂。棟梁は名古屋の岩崎治兵衛ほか4名でした。

臨川禅寺と浦島太郎伝説の石碑
浦島太郎伝説がある臨川禅寺。
臨川禅寺境内の弁財天堂
寝覚の床展望台にある臨川禅寺境内の弁財天堂。

中山道に戻る

寄り道の寝覚の床から中山道に戻り突き当たりの中山道・道標から北西(右)及び南東(左)を撮る。

右写真左側の建物、右は「たせや」、(手前)は、立場茶屋跡で寛永元年創業の由緒あるそば屋です。古くは松尾芭蕉、喜多川歌麿なども来店したという寛永元(1624)年創業の老舗そば処。現在は19号線角で営業中です。

中山道の道標付近と老舗そば処
中山道・道標から北西及び南東を撮る。立場茶屋跡の老舗そば処も見える。

桂の大木から石畳の道へ

中山道・道標から約100mくらい歩くと道の真ん中に立ちふさがるような桂の大木があります。

中山道の桂の大木
道の真ん中に立ちふさがるような桂の大木。

写真中の分岐から左の道に入り、上松中学校の西を通りまもなく下り坂になり左折し石畳の道を過ぎると滑川橋にでます。

石畳の道から滑川橋へ
分岐から石畳の道を過ぎると滑川橋にでます。

滑川橋と小野の滝

滑川橋改修記念暦の碑(中)。滑川橋から上流を撮る。右は記念暦の碑前の中山道。

滑川橋と記念暦の碑
滑川橋改修記念暦の碑と橋からの上流の眺め。

木曽路名所・小野の滝。滝のそばに常夜灯が置かれている(左端)のも興味深いものがあります。

木曽路名所・小野の滝
木曽路名所・小野の滝。常夜灯も見える。

荻原一里塚と神明神社

荻原一里塚跡碑。左荻原集落の分岐。集落ではおいしい水が飲めます。立町地区にある神明神社、社殿は中央本線を横切り奥。右は街道の石塔及び19号線の風景。

荻原一里塚跡碑
荻原一里塚跡碑。集落ではおいしい水が飲めます。
立町地区の神明神社
立町地区にある神明神社。右は街道の石塔。

立町地区の吊橋と中山道

立町地区すぐ横の吊橋(左)ゆらゆら動きます。吊橋から木曾川を撮る。立町地区の中山道。かっては立場茶屋が並んであったところ。

立町地区の吊橋と木曾川
立町地区すぐ横の吊橋。ゆらゆら動きます。
立町地区の中山道
立町地区の中山道。かっては立場茶屋が並んであったところ。

倉本集落と倉本駅

倉本一里塚跡(中)と倉本集落。左は集落へ入る左側に空木岳(うつぎだけ)登山道があります。右は駅付近から見える大きな案内板。

倉本一里塚跡と倉本集落
倉本一里塚跡(中)と倉本集落。
空木岳登山道入口と案内板
集落へ入る左側に空木岳登山道があります。

昭和22年ころこの登山道から空木岳、木曽駒ケ岳、宝剣岳と11時間かけて7人のパーテイで当時山小屋(建物のみ)もなく、重いリュックを背負い登山した記憶が甦りました。

倉本駅全景と駅舎。ここから電車(この時間帯は約2時間に1本)で次の須原駅まで行きます。駅の乗車はワンマン電車で2両連結で乗車扉はホームで指定1個だけ、名鉄バスと同じ整理券を取り降車駅では運転士が切符の料金精算をおこなう一人三役、忙しそうですよ。車生活50年、当分特に地方公共交通利用は戸惑うばかりです。

倉本駅全景と駅舎
倉本駅全景と駅舎。約2時間に1本のワンマン電車で須原駅まで。

原ファイル: agematu-syuku2.htm