愛知・38市史跡・社寺めぐりーあま市(その2)上は南大門と両側の木像仁王像。左下は南大門すぐ前の角にある道標。
リンク:甚目寺東門。甚目寺観音。甚目寺観音境内1。甚目寺観音境内2。左:十王堂。右:三重塔。
甚目寺観音の東にある大徳寺。漆部神社。甚目寺観音境内にあります。鎌倉街道沿い(推測)の宝満寺の周辺にも小さなお堂があります。
街道沿い(推測)の金山神社と竹生島神社。萱津神社。リンク:鎌倉街道の案内もしっかりされており、約2.3キロの間(旧甚目寺町、現あま市)に神社6、寺院8というのも珍しく多くの参詣客があったと思われます。この街道の途中にあるのが萱津神社です。この近くには天文20年(1551年)利家が犬千代と呼ばれていた8月清洲城から南へ僅か2.7キロここ尾張萱津の合戦(海津の戦いともいう)で初陣(14歳)の手柄を立て利家を名乗ることを許されたと言われる。
萱津神社境内にある。左は萱津神社境内にある香の物殿、漬物発祥の地とされる。右は実成寺の梵鐘萱津神社。
萱津神社境内に建つ歌碑ですが案内なく資料がありません。萱津神社付近から名古屋駅付近を撮る。
萱津(海津)古戦場跡と碑文。鎌倉街道から西へ約400m行く。現在の旧鎌倉街道、正法寺付近の街道。
街道沿いの正法禅寺(左)と実成寺。妙勝寺。日蓮宗の寺院として鎌倉時代末期の元応元年(1319)に創建されました。
妙勝寺の庫裡は福島正則が寄進したものと伝えられています。光明寺。豊臣秀吉が8歳から10歳まで預けられ修行したといわれる。
リンク:実成寺(じつじょうじ)、広大な敷地に日蓮宗の寺が4院集っています。正面右手に新しく建立された涅槃像が目をひきます。山門は福島正則が清洲城より移築したものと伝えられている実成寺など4院の写真。
鎌倉街道の標識(替地地区)。むしば地蔵堂と年代ものの古い石碑(むしば地蔵と刻む)。
萱津橋西から南へ100m、右岸堤防下の月之宮神社。この社から渡し船で名古屋市側の萱津の渡し(下記の写真参照)へ通じていた。左は萱津橋から萱津の東宿跡方面を写す。
愛知38市。名古屋ハイビジョン動画館




















原ファイル: amasi2.htm