新瑞橋駅周辺案内
歴史・人物
編集部確認 2026年4月
新瑞橋駅周辺案内名古屋市交通局リンク:桜通線、左は駅前通りから北、瑞穂運動場西~桜山方面。右は駅前通りから南、桜本町~野並方面を撮る。
名城環状線、左は駅前通りから東、瑞穂運動場東~八事方面。右は駅前通りから西、妙音通~伝馬町方面を撮る。
熊野三社は山崎城に佐久間信盛が城主としてやってきた永禄年間(1558-1569)に、佐久間信盛が城中の守護神として、またの住民の守り神として建てられた。安泰寺から160メートル昔は山が続いていたのではないかは次の櫻本町駅、また妙音通駅からも近い。安泰寺は山崎城跡に建っています。法泉寺(右)の門前にある地蔵堂、すぐ近くです。
永禄年間、佐久間信盛が居城した。駅から南西へ約700メートルの小高い山の上にある。歩道橋(名鉄名古屋本線)を渡るとまもなく下の熊野三社に行く駅東南約1.3キロにあります。銅鐸はわが国独特のもので用途は楽器と思われ、内部に棒状の舌をたらし、揺り動かして音を出したと推定される(小学館百科辞典より)。
駅東南約300メートルにある、塩付橋の名札のついた小橋があります。を北上し、この橋を渡り100メートル余で塩付街道名残の地蔵に突き当たりますが現在はこの標識だけで白い部分にあった地蔵様はゆかりのお寺に移転されたとのことです。
中根銅鐸発見地と隣どうしの宝蔵寺(右)と寺の高台から南方面を見る(左)。西八幡社(左)。宝蔵寺と裏同士が高台で見晴らしが良い(上記)。右は西八幡社から東へ約800m東八幡社。
宝蔵寺から東へ約200mの観音寺。観音堂(左)には千手観音像があり弘法大師作と云われる。
又本堂には金色まぶしい厨子に40センチほどの阿弥陀如来が安置されています。この寺は元中根城の南城(本城)があった場所です。
上記観音寺の中根城(南)で中、北城址の史跡案内を知り、訪ねましたが見当たりませんでした。
左の弥富小学校付近(北城址、左写真)、丸根1丁目行信寺付近の高台(中城址、右写真)。
塩付街道(新瑞橋付近)塩付街道(桜山駅付近)、塩付街道(昭和区塩付通)、新瑞橋→野並駅間地上走行(you tube)伝馬町→新瑞橋駅地上走行新瑞橋→八事駅地上走行瑞穂運動場西(中村区役所行き)瑞穂運動場東(循環左回り)
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桜通線、左は駅前通りから北、瑞穂運動場西~桜山方面。右は駅前通りから南、桜本町~野並方面を撮る。
名城環状線、左は駅前通りから東、瑞穂運動場東~八事方面。右は駅前通りから西、妙音通~ 伝馬町方面を撮る。
熊野三社は山崎城に佐久間信盛が城主としてやってきた永禄年間(1558-1569)に、佐久間信盛が 城中の守護神として、また山崎村及び付近一帯の住民の守り神として建てられた。安泰寺から 160メートル昔は山が続いていたのではないか 熊野三社は
安泰寺は山崎城跡に建っています。法泉寺(右)の門前にある地蔵堂、すぐ近くです。
永禄年間、佐久間信盛が居城した山崎城跡(安泰寺)。 駅から南西へ約700メートルの小高い山の上にある。 歩道橋(名鉄名古屋本線)を渡るとまもなく下の熊野三社に行く 佐久間信盛
駅東南約1.3キロにあります。銅鐸はわが国独特のもので用途は楽器と思われ、 内部に棒状の舌をたらし、揺り動かして音を出したと推定される(小学館百科辞典より)。 中根銅鐸発見地
駅東南約1.3キロにあります。銅鐸はわが国独特のもので用途は楽器と思われ、 内部に棒状の舌をたらし、揺り動かして音を出したと推定される(小学館百科辞典より)。 中根銅鐸発見地
駅東南約300メートルにある、塩付橋の名札のついた小橋があります。 鳥栖・神明社西を北上し、この橋を渡り100メートル余で塩付街道名残の地蔵に 突き当たりますが現在はこの標識だけで白い部分にあった地蔵様はゆかりのお寺に 移転されたとのことで
街道コース
中根銅鐸発見地と隣どうしの宝蔵寺(右)と寺の高台から南方面を見る(左)。
西八幡社(左)。宝蔵寺と裏同士が高台で見晴らしが良い(上記)。右は西八幡社から東へ約800m東八幡社。
宝蔵寺から東へ約200mの観音寺。観音堂(左)には千手観音像があり弘法大師作と云われる。 又本堂には金色まぶしい厨子に40センチほどの阿弥陀如来が安置されています。 この寺は元中根城の南城(本城)があった場所です。観音寺
上記観音寺の中根城(南)で中、北城址の史跡案内を知り、訪ねましたが見当たりませんでした。 左の弥富小学校付近(北城址、左写真)、丸根1丁目行信寺付近の高台(中城址、右写真)。
当駅桜通線次は
当駅名城線次は
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原ファイル: aratama.htm