中山道・福島宿

中山道・福島宿

中山道・福島宿福島宿・関所。恵那市大井橋で撮影したものです。福島宿の東北、この巨大な鉄製の冠木門(かぶきもん、右)が旅人を迎えてくれます。

中山道、冠木門横からまっすぐ伸びる細い道が関所跡へと通じています(左)。木曽福島関所跡の石門柱(写真中)拡大。

関所跡正門(左)。内部の通路(右)。上記広重画はこの場所を描いたと思います。福島関所資料館。

中山道から福島関所跡を撮る(右)。福島関所跡から中央橋付近を撮る。高瀬家は文豪島崎藤村の姉、園(その)の嫁ぎ先で18代目が住んでおられます。

木曾川(本流)に架かる中央橋から上流(右)と下流(左)を撮る。山村代官下屋敷。尾張藩代官・山村氏が居住し、福島関所も置かれ木曽路の行政、商業の中心地として栄えました。

藩主徳川宗勝が江戸を発って尾張に帰る途中宿泊、随行した重臣且つ学者であったの紀行文「岐岨路紀行」の一節が刻まれています。「俎板(まないた)のなる日はきかずかんこ鳥」也有 延享二年卯月一二日。

島崎藤村「夜明け前」文学碑。大手橋北すぐ左へ入る。島崎藤村「夜明け前」文学碑左:木曽郷土館。中:木曽教育会館。島崎藤村文学碑の横と前に建っています。案内標識参照。

木曽福島支所(左)玄関横に石碑が立っています(中)。木曽福島支所前交差点を西へ進むと銀行、酒造本舗、旅館(右から順)などが並ぶ中心街、そこから左折、横宿と呼ばれる小道を抜け、やや急な「上の段坂」を登ります。

登り終える右側に高札場があります。前には休憩所もあり宿場を散策する人々にたいする気使いが嬉しいものです。

休憩所の前から江戸時代を彷彿させる福島宿の町家が並んでいます1。休憩所の前から「上の段」と呼ばれる江戸時代を彷彿させる福島宿の町家が並んでいます2.「上の段」町並みの途中、左折する小路の奥にある大通寺(左)が見えます。

横道に入って石垣の小路を通ります。西の小路から元の町並に戻り桝形道路付近に江戸時代の井戸と木地の館があります。

「上の段」町並みから木曾川の左岸道路、中山道に下りてきますとこの行人橋があります。

左下はたもとにある親水公園です。宿場を散策し井戸前からゆるく短い坂を下り、中八沢橋を渡り長坂を上り木曽福島駅へ来ました。坂の途中には立派なトイレがあり、駅前にはバス待ちの行列、携帯自転車を組み立てている人が多いのに驚きでした。また駅前にはD51機関車、「史跡と民謡の郷水と緑の町」と書かれた案内と踊る人形、水車(中)が印象的です。右は駅舎と駅前風景。

旧中山道は駅前から塩渕地区に入ります。塩渕クラブ前には立派な案内板も設置され難なく塩渕一里塚跡へやってきました。写真左は塩渕一里塚跡の街道です。

塩渕クラブ付近の説明板。塩渕地区の案内史跡。県立木曽病院前の信号交差点横の左へ入る真っ直ぐな細い緩やかな坂道(左)が旧中山道で中平立場跡へ行きます。右は信号交差点上の坂道からダム付近を撮る。

信号交差点上の坂道、推定中平立場茶屋跡付近の風景(右)。農作業のお母さんに尋ねたら茶屋が数軒あったらしいが跡形も無く、案内標識を見失いしたか。左は中平地区の道祖神。

「木曽の桟」から鬼渕鉄橋までへ行くへ行くこれより中仙道(岐阜県内)中仙道(関が原宿その1)中山道・赤坂宿(その1)

これより中山道(木曽路:11宿)

中山道・69次

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中山道・福島宿 福島宿・関所。恵那市大井橋で撮影したものです。 福島宿の東北、この巨大な鉄製の冠木門(かぶきもん、右)が旅人を迎えてくれます。 中山道、冠木門横からまっすぐ伸びる細い道が関所跡へと通じています(左)。 木曽福島関所跡の石門柱
中山道・福島宿 福島宿・関所。恵那市大井橋で撮影したものです。 福島宿の東北、この巨大な鉄製の冠木門(かぶきもん、右)が旅人を迎えてくれます。 中山道、冠木門横からまっすぐ伸びる細い道が関所跡へと通じています(左)。 木曽福島関所跡の石門柱
福島宿の東北、この巨大な鉄製の冠木門(かぶきもん、右)が旅人を迎えてくれます。 中山道、冠木門横からまっすぐ伸びる細い道が関所跡へと通じています(左)。 木曽福島関所跡の石門柱 (写真中)拡大。 冠木門
福島宿の東北、この巨大な鉄製の冠木門(かぶきもん、右)が旅人を迎えてくれます。 中山道、冠木門横からまっすぐ伸びる細い道が関所跡へと通じています(左)。 木曽福島関所跡の石門柱 (写真中)拡大。 冠木門
福島宿の東北、この巨大な鉄製の冠木門(かぶきもん、右)が旅人を迎えてくれます。 中山道、冠木門横からまっすぐ伸びる細い道が関所跡へと通じています(左)。 木曽福島関所跡の石門柱 (写真中)拡大。 冠木門
福島宿の東北、この巨大な鉄製の冠木門(かぶきもん、右)が旅人を迎えてくれます。 中山道、冠木門横からまっすぐ伸びる細い道が関所跡へと通じています(左)。 木曽福島関所跡の石門柱 (写真中)拡大。 冠木門
関所跡正門(左)。内部の通路(右)。上記広重画はこの場所を描いたと思います。
関所跡正門(左)。内部の通路(右)。上記広重画はこの場所を描いたと思います。
福島関所資料館。
福島関所資料館。
中山道から福島関所跡を撮る(右)。福島関所跡から中央橋付近を撮る。
中山道から福島関所跡を撮る(右)。福島関所跡から中央橋付近を撮る。
高瀬家は文豪島崎藤村の姉、園(その)の嫁ぎ先で18代目が住んでおられます。
高瀬家は文豪島崎藤村の姉、園(その)の嫁ぎ先で18代目が住んでおられます。
木曾川(本流)に架かる中央橋から上流(右)と下流(左)を撮る。 中央橋説明拡大
木曾川(本流)に架かる中央橋から上流(右)と下流(左)を撮る。 中央橋説明拡大
山村代官下屋敷。尾張藩代官・山村氏が居住し、福島関所も置かれ木曽路の行政、 商業の中心地として栄えました。 山村代官所下屋敷
山村代官下屋敷。尾張藩代官・山村氏が居住し、福島関所も置かれ木曽路の行政、 商業の中心地として栄えました。 山村代官所下屋敷
藩主徳川宗勝が江戸を発って尾張に帰る途中宿泊、随行した重臣且つ学者であった横井也有の 紀行文「岐岨路紀行」の一節が刻まれています。「俎板(まないた)のなる日はきかずかんこ鳥」 也有 延享二年卯月一二日。
藩主徳川宗勝が江戸を発って尾張に帰る途中宿泊、随行した重臣且つ学者であった横井也有の 紀行文「岐岨路紀行」の一節が刻まれています。「俎板(まないた)のなる日はきかずかんこ鳥」 也有 延享二年卯月一二日。
島崎藤村「夜明け前」文学碑。大手橋北すぐ左へ入る。 島崎藤村「夜明け前」文学碑
島崎藤村「夜明け前」文学碑。大手橋北すぐ左へ入る。 島崎藤村「夜明け前」文学碑
左:木曽郷土館。中:木曽教育会館。島崎藤村文学碑の横と前に建っています。案内標識参照。
左:木曽郷土館。中:木曽教育会館。島崎藤村文学碑の横と前に建っています。案内標識参照。
木曽福島支所(左)玄関横に石碑が立っています(中)。 本陣跡
木曽福島支所(左)玄関横に石碑が立っています(中)。 本陣跡
木曽福島支所前交差点を西へ進むと銀行、酒造本舗、旅館(右から順)などが並ぶ中心街、そこから 左折、横宿と呼ばれる小道を抜け、やや急な「上の段坂」を登ります。
木曽福島支所前交差点を西へ進むと銀行、酒造本舗、旅館(右から順)などが並ぶ中心街、そこから 左折、横宿と呼ばれる小道を抜け、やや急な「上の段坂」を登ります。
登り終える右側に高札場があります。前には休憩所もあり宿場を散策する人々にたいする 気使いが嬉しいものです。
登り終える右側に高札場があります。前には休憩所もあり宿場を散策する人々にたいする 気使いが嬉しいものです。
休憩所の前から江戸時代を彷彿させる福島宿の町家が並んでいます1。
休憩所の前から江戸時代を彷彿させる福島宿の町家が並んでいます1。
休憩所の前から「上の段」と呼ばれる江戸時代を彷彿させる福島宿の町家が並んでいます2.
休憩所の前から「上の段」と呼ばれる江戸時代を彷彿させる福島宿の町家が並んでいます2.
「上の段」町並みの途中、左折する小路の奥にある大通寺(左)が見えます。
「上の段」町並みの途中、左折する小路の奥にある大通寺(左)が見えます。
横道に入って石垣の小路を通ります。
横道に入って石垣の小路を通ります。

原ファイル: hukusima-syuku1.htm