上飯田駅周辺案内(その1)

上飯田駅周辺案内(その1)名古屋市交通局リンク:

名鉄:

上飯田駅。左:南、平安通り~大曽根方面。右:北、味鋺~小牧方面を撮る。上飯田天満宮とも呼ばれる。

美しい石庭です(左)。

長全寺境内の涅槃佛など。

文安元年(1444)の創建。本尊薬師瑠璃光如来像は、弘法大師42歳のときの作といわれ、辻薬師または厄除薬師と呼ばれています。

平成15年”ひつじ年”の羊神社です。駅から西北へ約500メートルのところにあります。

甦れ!!歴史とロマンの美しき流れ写真1と2は駅から北へ約1キロ、庄内川に架かる水分橋の南堤防下にあります。

写真3は矢田川右岸堤防下の矢田川伏越樋(駅から約400メートル北)で矢田川の下を通り4の黒川樋門に導水されている。2の庄内用水元杁樋が堀川の源流となり、更に4の黒川樋門から⇒⇒白鳥御材木場・御船蔵跡⇒、⇒片方は左はへと分かれて総延長28キロ、北区⇒西⇒中村⇒中川区の田畑(昭和30年ころまで)を潤しながら荒子川へつながっている。

まさに430年前の愛知用水の難工事といった所でしょう。駅から北へ約200メートル黒川の左岸堤にある。

庄内川、矢田川に囲まれた瀬古地区には水屋と呼ばれる土地を高くし、家屋、蔵などを水害から守る家屋敷が見られます。

左は庄内川に架かる水分橋。右は堤防下の庄内用水元杁。上記トップ写真参照。庄内川右岸堤防下にある高牟神社と東隣の石山寺。石山寺は鎌倉時代、道円の開基、尾張二代藩主徳川光友が再建したが戦災により消失。

上記石山寺境内のお堂と石仏群。常雲寺(右)と境内の庚申堂(庚申信仰に基づいて建立される仏堂のひとつ) 。

平安通(平安通終着駅)味鋺(名鉄小牧線犬山行き)

インターネット地図検索サービス 「るーとMap」で、行き先までの道順を調べよう地下鉄上飯田線開業のお知らせ

上飯田駅。左:南、平安通り~大曽根方面。右:北、味鋺~小牧方面を撮る。
上飯田駅。左:南、平安通り~大曽根方面。右:北、味鋺~小牧方面を撮る。
上飯田天満宮とも呼ばれる。 六所宮
上飯田天満宮とも呼ばれる。 六所宮
上飯田天満宮とも呼ばれる。 六所宮
上飯田天満宮とも呼ばれる。 六所宮
美しい石庭です(左)。 長全寺
美しい石庭です(左)。 長全寺
長全寺境内の涅槃佛など。
長全寺境内の涅槃佛など。
文安元年(1444)の創建。本尊薬師瑠璃光如来像は、弘法大師42歳のときの作といわれ、 辻薬師または厄除薬師と呼ばれています。
文安元年(1444)の創建。本尊薬師瑠璃光如来像は、弘法大師42歳のときの作といわれ、 辻薬師または厄除薬師と呼ばれています。
平成15年”ひつじ年”の羊神社です。駅から西北へ約500メートルのところにあります。 羊神社
平成15年”ひつじ年”の羊神社です。駅から西北へ約500メートルのところにあります。 羊神社
黒川「御用水跡」
黒川「御用水跡」
御用水跡
御用水跡
別小江神社
別小江神社
庄内川、矢田川に囲まれた瀬古地区には水屋と呼ばれる土地を高くし、家屋、蔵などを 水害から守る家屋敷が見られます。
庄内川、矢田川に囲まれた瀬古地区には水屋と呼ばれる土地を高くし、家屋、蔵などを 水害から守る家屋敷が見られます。
左は庄内川に架かる水分橋。右は堤防下の庄内用水元杁。上記トップ写真参照。
左は庄内川に架かる水分橋。右は堤防下の庄内用水元杁。上記トップ写真参照。
庄内川右岸堤防下にある高牟神社と東隣の石山寺。石山寺は鎌倉時代、道円の開基、 尾張二代藩主徳川光友が再建したが戦災により消失。 高牟神社・石山寺
庄内川右岸堤防下にある高牟神社と東隣の石山寺。石山寺は鎌倉時代、道円の開基、 尾張二代藩主徳川光友が再建したが戦災により消失。 高牟神社・石山寺
上記石山寺境内のお堂と石仏群。
上記石山寺境内のお堂と石仏群。
間黒神社拡大 間黒神社
間黒神社拡大 間黒神社
常雲寺(右)と境内の庚申堂(庚申信仰に基づいて建立される仏堂のひとつ) 。
常雲寺(右)と境内の庚申堂(庚申信仰に基づいて建立される仏堂のひとつ) 。
当駅上飯田線次は
当駅上飯田線次は

原ファイル: kamiiida.htm