木曾街道(上街道)・土田宿(どた)今回(2013.7.1)は広見線可児川駅から西へ約1キロのはね橋からスタートします。
「木曾のかけはし」「太田の渡し」「碓氷峠がなくばよい」と歌われた三大難所と思いましたがその後は上松宿にありますので訂正いたします。
現はねばし。ロープで板を両側から跳ね上げた橋で、深い谷を眼下に跨いで越したのでしょうか。橋上から撮りました(左)。急流岩を噛むそんな風景の可児川です。やはり難所ではあったと思います。
はねばし(右)西で349(善師野宿方面)、361号線合流し土田宿へ入ります。はねばし東の街道(左)。中は日本ライン花木センター。道角にある石仏像(右)。
リンク:はねばし南西約100m。大脇公民館前。織田信長の生母・土田御前が生まれたと記されています。関連リンク:大脇公民館前にある石碑と背後の山頂を撮る。
報恩寺(右)。すぐ西の弘法大師堂(中)。参道入り口の常夜灯(左)。土田宿本陣跡。
白髭神社(左)と境内の天満宮(中)。。下切弘法道。八幡神社。鎌倉時代には土田の渡しとしてこの八幡神社の裏手付近にあったと記され「大井戸の渡し」と呼ばれていました。対岸真向かいのあたりでしょうか。
八幡神社東の細い道を約200mで木曾川堤防に突き当たります。ここに建つ「大井戸の渡し場跡」の標識です。江戸時代はじめまで使用され、その後流れが変わったため上流の太田の渡しに変わりました。
「大井戸の渡し場跡」から対岸の太田宿を撮る(右2枚)。左は八幡神社東の細い道。木曾川堤防に突き当たります。
一里塚跡碑(右)黄色の矢印。一里塚跡のある渡りクラブ(中)。西隣の弘法大師堂。渡りクラブの裏側坂の途中にあります。
津島神社と付近の街道。津島神社横の坂を下って行くと木曽川べりにでます。遊歩道となって素晴らしい景観です。
遊歩道を下り方向に歩くと化石林の案内板。化石林と思われる石を数点撮影しました。化石林から更に少し下ると木杭穴の案内板。水が若干濁っていて右のような跡は判然としませんが黄色の矢印がそうかも。
反転、川上に歩くこと6~7分くらい、左下写真の竹林を抜けた地点にある市指定史跡:今渡の渡し場。
今渡の渡し場の案内板。もここから木曾川・黒田へ向かいました。今渡の渡し場付近の景観3点。
ふれあいの里、弘法堂。弘法堂を抜けて急坂を登ると太田橋南のポケットパークに出ます。
ポケットパーク内の道標と説明碑。上街道(木曽街道)はと合流します。龍洞寺(左)境内の「龍の枕石」(右)。
左から太田橋。富士浅間神社。龍洞寺。日本ライン今渡駅(右端)。今日の小さな旅はここで終わります。
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原ファイル: kisokaido-dota1.htm