東海道五十三次四十二番目、桑名宿(その2、平成22年版)

東海道五十三次四十二番目、桑名宿(その2、平成22年版)京方入り口から順に掲載しています。

広重、桑名、七里渡し口宿場,下段の街道名をクリックして下さい町屋川を渡り、左折するところにあります。今日はここから江戸方桑名の渡し場(七里の渡し)へ向かって旅します。

縄生一里塚跡。桑名市安永町町屋橋北。安永常夜灯から北進してここで右折して東へ向かう。

矢田立場から東進してきた街道はここで左折して吉津屋見附跡方面に行く。枡形道路の一角にあるお店と標識左に三条大橋の欄干が見えます。

富士山と原:沼津付近写真右、堀の奥に見えるのが三条大橋日本橋から三条大橋(左)まで公園として造られています。

旧東海道沿いではありませんが濃尾平野を語るに忘れてならないのが東の赤穂浪士(泉岳寺)西の薩摩義士24名の治水割腹物語、その24名を手厚く弔うのが海蔵寺です。

海蔵寺境内にある平田靱負(ゆきえ)以下薩摩義士21名の墓所。本統寺。桑名別院とも呼ばれます。また明治元年9月25日、明治天皇が御宿泊された記録が刻まれています。

本統寺境内芭蕉句碑。通り井。三崎見付跡。お伊勢参りに行くのじゃこれより美濃路美濃路(名古屋宿その1)美濃路(名古屋宿その2)美濃路(名古屋宿その3)美濃路(清須宿その1)美濃路(清須宿その2)美濃路(萩原宿~起宿その1)美濃路(萩原宿~起宿その2)美濃路(墨俣宿その1)美濃路(墨俣宿その2)美濃路(大垣宿その1)これより中仙道東・中・美:環状歴史・出世街道中仙道(関が原宿その1)中仙道(関が原宿その2)中仙道(柏原宿その1)中仙道(柏原宿その2)中仙道(柏原宿その3)中仙道(醒ヶ井宿その1)中仙道(醒ヶ井宿その2)中仙道(高宮宿その1)中仙道(高宮宿その2)これより東海道東・中・美:環状歴史・出世街道桑名宿・七里の渡し場(94.0mb)、リンク:東海道53次名古屋ハイビジョン動画館

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広重、桑名、七里渡し口
広重、桑名、七里渡し口
町屋川を渡り、左折するところにあります。今日はここから江戸方桑名の渡し場(七里の渡し) へ向かって旅します。 縄生一里塚跡。
町屋川を渡り、左折するところにあります。今日はここから江戸方桑名の渡し場(七里の渡し) へ向かって旅します。 縄生一里塚跡。
桑名市安永町町屋橋北。
桑名市安永町町屋橋北。
桑名市安永町町屋橋北。
桑名市安永町町屋橋北。
安永常夜灯から北進してここで右折して東へ向かう。
安永常夜灯から北進してここで右折して東へ向かう。
矢田立場から東進してきた街道はここで左折して吉津屋見附跡方面に行く。
矢田立場から東進してきた街道はここで左折して吉津屋見附跡方面に行く。
枡形道路の一角にあるお店と標識
枡形道路の一角にあるお店と標識
左に三条大橋の欄干が見えます。
左に三条大橋の欄干が見えます。
富士山と原:沼津付近
富士山と原:沼津付近
写真右、堀の奥に見えるのが三条大橋
写真右、堀の奥に見えるのが三条大橋
日本橋から三条大橋(左)まで公園として造られています。
日本橋から三条大橋(左)まで公園として造られています。
旧東海道沿いではありませんが濃尾平野を語るに忘れてならないのが 東の赤穂浪士(泉岳寺) 西の薩摩義士24名の治水割腹物語、その24名を手厚く弔うのが海蔵寺です。
旧東海道沿いではありませんが濃尾平野を語るに忘れてならないのが 東の赤穂浪士(泉岳寺) 西の薩摩義士24名の治水割腹物語、その24名を手厚く弔うのが海蔵寺です。
海蔵寺境内にある平田靱負(ゆきえ)以下薩摩義士21名の墓所。
海蔵寺境内にある平田靱負(ゆきえ)以下薩摩義士21名の墓所。
本統寺。桑名別院とも呼ばれます。また明治元年9月25日、明治天皇が御宿泊 された記録が刻まれています。 本統寺
本統寺。桑名別院とも呼ばれます。また明治元年9月25日、明治天皇が御宿泊 された記録が刻まれています。 本統寺
本統寺境内芭蕉句碑。
本統寺境内芭蕉句碑。
通り井。
通り井。
三崎見付跡。 三崎見付跡
三崎見付跡。 三崎見付跡
次は四日市宿 お伊勢参りに行くのじゃ 次は宮宿(熱田)
次は四日市宿 お伊勢参りに行くのじゃ 次は宮宿(熱田)

原ファイル: kuwana2.htm