東海道五十三次四十二番目、桑名宿(その3、平成22年版)

東海道五十三次四十二番目、桑名宿(その3、平成22年版)京方入り口から順に掲載しています。

広重、桑名、七里渡し口広重画とほぼ同じ位置ですが伊勢湾台風後堤防が造られて海が見えません。

渡し場には伊勢神宮一の鳥居が建って旅人を迎えてくれます。左・桑名市は史跡の要所にこのような詳しい案内図を掲示されて迷うことなく多くの史跡を見ることが出来ます。

渡し場付近の街並みと堀川風景。現在は水門統合管理所としての建物ですがこの場所はかって桑名城の「ばん龍櫓」がありそれを模して航海の守護神として建てられたとも記されています。

建物左:大塚本陣跡。右建物:脇本陣跡空地となっています。九華公園入り口に建つ案内版。

九華公園入り口に建つ案内版。。桑名城主・本多忠勝の銅像と桑名城跡の石碑。関連リンク:桑名一里塚跡を指す標識は見当たりませんがこの場所でほぼ間違いないと思います。

七里の渡し場と旧東海道の街並み。現料亭船津屋(大塚本陣跡)の一角にある句碑。近鉄・弥富駅前から出る「木曾岬町自主運行バス」で終点・上松永で降り、国道23号線木曾川大橋を歩いて東海道七里の渡し・青鷺川旧跡に向かう。ほぼ橋の中間点から長島町方面(左)、木曾岬町方面(右)を撮る。

木曾川大橋・中間撮影場所国道23号線木曾川大橋(中)。大橋のほぼ中間点から撮る(左、右)。

東海道七里の渡し・青鷺川旧跡。青鷺川旧跡説明板拡大。青鷺川旧跡のすぐ南に鎮座する伊曾島神社。

お伊勢参りに行くのじゃ桑名宿・七里の渡し場(94.0mb)、リンク:東海道53次名古屋ハイビジョン動画館薩摩藩士,宝暦治水の偉業を偲ぶ桑名市ふるさとCITY宮の渡し(名古屋市熱田区)に戻る

広重画とほぼ同じ位置ですが伊勢湾台風後堤防が造られて海が見えません。
広重画とほぼ同じ位置ですが伊勢湾台風後堤防が造られて海が見えません。
渡し場には伊勢神宮一の鳥居が建って旅人を迎えてくれます。左・桑名市は史跡の要所に このような詳しい案内図を掲示されて迷うことなく多くの史跡を見ることが出来ます。
渡し場には伊勢神宮一の鳥居が建って旅人を迎えてくれます。左・桑名市は史跡の要所に このような詳しい案内図を掲示されて迷うことなく多くの史跡を見ることが出来ます。
渡し場付近の街並みと堀川風景。
渡し場付近の街並みと堀川風景。
現在は水門統合管理所としての建物ですがこの場所はかって桑名城の「ばん龍櫓」があり それを模して航海の守護神として建てられたとも記されています。
現在は水門統合管理所としての建物ですがこの場所はかって桑名城の「ばん龍櫓」があり それを模して航海の守護神として建てられたとも記されています。
建物左:大塚本陣跡。右建物:脇本陣跡
建物左:大塚本陣跡。右建物:脇本陣跡
空地となっています。
空地となっています。
九華公園入り口に建つ案内版。
九華公園入り口に建つ案内版。
九華公園入り口に建つ案内版。。
九華公園入り口に建つ案内版。。
桑名城主・本多忠勝の銅像と桑名城跡の石碑。 関連リンク:本多忠勝・誕生地
桑名城主・本多忠勝の銅像と桑名城跡の石碑。 関連リンク:本多忠勝・誕生地
桑名一里塚跡を指す標識は見当たりませんがこの場所でほぼ間違いないと思います。
桑名一里塚跡を指す標識は見当たりませんがこの場所でほぼ間違いないと思います。
七里の渡し場と旧東海道の街並み。
七里の渡し場と旧東海道の街並み。
現料亭船津屋(大塚本陣跡)の一角にある句碑。
現料亭船津屋(大塚本陣跡)の一角にある句碑。
近鉄・弥富駅前から出る「木曾岬町自主運行バス」で終点・上松永で降り、国道23号線木曾川大橋を 歩いて東海道七里の渡し・青鷺川旧跡に向かう。ほぼ橋の中間点から長島町方面(左)、木曾岬町方面 (右)を撮る。 木曾川大橋・中間撮影場所
近鉄・弥富駅前から出る「木曾岬町自主運行バス」で終点・上松永で降り、国道23号線木曾川大橋を 歩いて東海道七里の渡し・青鷺川旧跡に向かう。ほぼ橋の中間点から長島町方面(左)、木曾岬町方面 (右)を撮る。 木曾川大橋・中間撮影場所
国道23号線木曾川大橋(中)。大橋のほぼ中間点から撮る(左、右)。
国道23号線木曾川大橋(中)。大橋のほぼ中間点から撮る(左、右)。
東海道七里の渡し・青鷺川旧跡。 青鷺川旧跡
東海道七里の渡し・青鷺川旧跡。 青鷺川旧跡
青鷺川旧跡説明板拡大。
青鷺川旧跡説明板拡大。
青鷺川旧跡のすぐ南に鎮座する伊曾島神社。
青鷺川旧跡のすぐ南に鎮座する伊曾島神社。
次は四日市宿 お伊勢参りに行くのじゃ 次は宮宿(熱田)
次は四日市宿 お伊勢参りに行くのじゃ 次は宮宿(熱田)

原ファイル: kuwana3.htm