東海道五十三次、京都(その4、聚楽第跡特集)広重、京都、三条大橋聚楽第。安土桃山時代の末期、豊臣秀吉が建てた政庁兼邸宅である。竣工して8年後に取り壊されたので、分からないことも多く、まぼろしの御殿でした。本サイトは秀吉が出世街道を駆け上がり、その一環として生誕(名古屋市中村区)から生涯を終えるまでを史跡(ここは石碑ばかり)を通じてカメラリポートいたします。
聚楽第跡碑。。聚楽第跡 発掘調査現地説明会左写真黄色の矢印が「聚楽第址」の石碑。
ウィキメディア・コモンズより・聚楽第跡 石碑名和長年戦没遺跡。梅雨の井。豊臣秀勝邸跡伝承地。
左は聚楽第跡地・松林寺付近の佇まい。右は秀勝邸跡伝承地とされる場所(上記)。聚楽城 武家地 上杉景勝屋敷跡碑。。
山門を潜ると緩やかな下り坂になっています。松林寺門前の説明板。鵲(かささぎ)大明神を祀る松永稲荷と付近の佇まい。右端の石碑に「聚楽城鵲橋旧跡」と彫られています。
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原ファイル: kyouto4.htm