東海道五十三次、水口宿(滋賀県)の旅(平成10年版その1)

東海道五十三次、水口宿(滋賀県)の旅(平成10年版その1)広重、水口、名物干瓢水口は都から伊勢へ通じる交通の要所であった。

水口宿を見下ろす古城山、正面は国宝本尊観世音、大岡寺(芭蕉の句で名高い桜の名所)とその石碑滋賀県指定史跡水口城は寛永11年三代将軍徳川家光が京都に上洛することになりその道中となる水口に専用の宿館を築いた。築城は幕府直営で行われ、その作事奉行には小堀遠州らのべ10万人が動員されたという。

近江鉄道の駅前に左下のような小さな東海道の石碑があった。その先に写真のような東海道水口宿の銘板をはめ込んだ豪華な台に時計を収めた神社風屋根のガラスケースが一際目立った。ここで道が三本に分かれて、先で一本になって土山宿へ行くとのことでした。

三本に別れた道のうち賑やかな通りをしばらく行くと当時の佇まいの水口宿升屋旅館が眼に入る。

水口の町には今もこのような町並みが多く存在して宿場風景が随所に見られる。平成10年5月3日撮影パソコンサーバー容量540キロバイト(1台約35~40万円)、1バイトの(小文字1字)さえ大事に扱った時代でした(すべて小文字8桁で処理・表現する。例:chiはti)。

平成10年5月3日撮影しましたが掲載できなかった写真を以下に追加しました。水口宿を見下ろす古城山今も変わらぬ水口コミニュテイセンター水口宿の商店街と駅前付近水口城水口城水口宿(平成10年版その1)次は土山宿(お江戸日本橋へ)名物干瓢つくりの(水口宿)一家人形劇のミニ舞台

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東海道五十三次、水口宿(滋賀県)の旅(平成10年版その1) 広重、水口、名物干瓢 水口は都から伊勢へ通じる交通の要所であった。 水口宿を見下ろす古城山、正面は国宝本尊観世音、 大岡寺(芭蕉の句で名高い桜の名所)とその石碑 滋賀県指定史跡水口
水口宿を見下ろす古城山
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今も変わらぬ水口コミニュテイセンター
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水口宿の商店街と駅前付近
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水口城
水口城
水口城
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京都へ行くのじゃ,
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名物干瓢つくりの(水口宿)一家人形劇のミニ舞台
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執筆推定: 1998-05-03 / 原ファイル: minaguti.htm