愛知・38市名所史跡・社寺めぐりー西尾市(その7)
歴史・人物
編集部確認 2026年4月
愛知・38市名所史跡・社寺めぐりー西尾市(その7)西尾市6回目の訪問は名鉄西尾線・西尾駅前のレンタサイクル「まーちゃ号,無料」で市西北部から西部へ移動し(寺津町経由)西尾駅へ戻って来ました。
康全寺(本堂工事中)。満全寺から家康公の康の字を授かり康全寺となったと記されています。
康全寺門前横に立っています。康全寺門前から少し西へ進むとさかな町の案内板が(左端)が目にとまり右折する。
さかな町通り街並み。さかな通りの途中から右折すると順海町通りという西尾・城下町の佇まいを最も残している小路といわれる。右写真は唯法寺南門で白壁が崇覚寺。
上記順海町通りの左側:唯法寺、順海上人が寛永年間(1624~1644)に現在地に移し、この道を開いたとされる。右側が崇覚寺。
崇覚寺のすぐ南にある秋葉神社です。ここまでその1から移転して掲載しました。康全寺。6回目の訪問で新装なった康全寺です。
康全寺山門。肝心の岩瀬文庫(図書館の奥)を訪ねるはずが花時計の美しさに夢中になり、先を急いで見落しました。
左は西尾市図書館です。2014.5.25日撮影。岩瀬文庫書庫。6回目の訪問でやっと実現しました。
岩瀬文庫(右)。左は岩瀬文庫書庫の創設者:実業家である岩瀬弥助氏の胸像と説明銘板。
リンク:。金石神社。上左の石碑は神社近くの八王子貝塚の石碑で横書きで「八王子貝塚」縦書きで「奉納金石神社」と刻まれ、碑文は判読不明です。
稲荷山茶園公園。紅樹院。茶祖の寺。紅樹院境内の西尾茶の原樹。実相寺釈迦堂(県指定文化財)は、室町時代の建築です。
実相寺。西条城主・吉良氏の菩提寺。三河の安国寺として栄えました。天文十五年(1546)に今川義元の軍師として名高い太原崇孚が入ると妙心寺派に転じ、織田氏との兵火によって堂の多くを焼失したといいます。
。文化庁、愛知県文化財銘板。法光寺。。中畑八幡宮。「おまんと祭り」で知られています。リンク:
西尾市・史跡、社寺めぐり2部
西尾市・幡豆町~吉良町めぐり、
西尾市(その12・佐久島)リンク:
愛知38市名古屋ハイビジョン動画館
康全寺(本堂工事中)。満全寺から家康公の康の字を授かり康全寺となったと記されています。
康全寺門前横に立っています。
康全寺門前から少し西へ進むとさかな町の案内板が(左端)が目にとまり右折する。 さかな町通り街並み。
さかな通りの途中から右折すると順海町通りという西尾・城下町の佇まいを最も 残している小路といわれる。右写真は唯法寺南門で白壁が崇覚寺。 順海町通り入り口
さかな通りの途中から右折すると順海町通りという西尾・城下町の佇まいを最も 残している小路といわれる。右写真は唯法寺南門で白壁が崇覚寺。 順海町通り入り口
上記順海町通りの左側:唯法寺、順海上人が寛永年間(1624~1644)に現在地に移し、 この道を開いたとされる。右側が崇覚寺。
崇覚寺のすぐ南にある秋葉神社です。ここまでその1から移転して掲載しました。
康全寺。6回目の訪問で新装なった康全寺です。
康全寺山門。
肝心の岩瀬文庫(図書館の奥)を訪ねるはずが花時計の美しさに夢中になり、先を急いで見落しました。 左は西尾市図書館です。2014.5.25日撮影。 岩瀬文庫
岩瀬文庫書庫。6回目の訪問でやっと実現しました。
岩瀬文庫(右)。左は岩瀬文庫書庫の創設者:実業家である岩瀬弥助氏の胸像と説明銘板。 リンク:西尾市・岩瀬文庫 説明銘板拡大 。
金石神社。上左の石碑は神社近くの八王子貝塚の石碑で横書きで「八王子貝塚」縦書きで「奉納金石神社」 と刻まれ、碑文は判読不明です。 碑文拡大 金石神社
稲荷山茶園公園。 稲荷山茶園公園
紅樹院。茶祖の寺。説明板拡大 紅樹院
紅樹院境内の西尾茶の原樹。
実相寺釈迦堂(県指定文化財)は、室町時代の建築です。 説明板拡大 実相寺
実相寺。西条城主・吉良氏の菩提寺。三河の安国寺として栄えました。天文十五年(1546)に 今川義元の軍師として名高い太原崇孚が入ると妙心寺派に転じ、織田氏との兵火によって堂の 多くを焼失したといいます。 説明文拡大 。 文化庁、愛知県文化財
法光寺。説明文拡大 。 法光寺
中畑八幡宮。「おまんと祭り」で知られています。リンク:西尾市・中畑八幡宮 中畑おまんと祭り 中畑八幡宮
原ファイル: nisiosi7.htm