中山道・大井宿(その3,十三峠)祝坂と途中にある姫御殿跡(右)。姫御殿跡内に立つ下座切場跡(左)。下座切場(左端)は通行する偉い役人に対し、地元の役人が袴を着用し土下座して迎えた場所です。
姫御殿跡。首なし地蔵跡の案内板と街道。首なし地蔵跡。。みだれ坂の道標(右)と街道。
ここの分岐に立てられた熊の出没注意札にはチョットビックリ民家も近いだけに。乱れ坂と乱れ橋。乱れ坂は大変急な坂道で大名行列が乱れ、旅人の息が乱れ、女性の裾(和服)も乱れることから名付けられた。また川の石も流されるほどの急流に架けられた橋です。
紅坂一里塚。左右両側にあります。紅坂一里塚道標と街道(槙ケ根一里塚方面を撮る)。
十三峠には距離が長いため茶屋が十数軒あり旅人を癒した。現在は「道の駅」でしようか。
三社灯篭:伊勢神宮、金毘羅神社、秋葉神社の神を祀る。右は元禄(1700頃)岩村藩で農民騒動が起きそうになった。竹折村庄屋田中は、将軍に直訴して村を救ったが、直訴の罪は許されず斬首された。この騒動が佐倉宗五郎事件に似ているので、庄屋田中を偲んで佐倉宗五郎の碑を作ったといわれる。
藤村高札場。。写真右から深萱の旅休憩所。藤村高札場隣の庚申塚。高札場前の街道(紅坂一里塚へ向かう人は黄色の矢印)。
深萱立場本陣(加納家)跡と説明板。馬茶屋跡と付近の街道と標識。西坂道標碑(左)と街道。
街道と村道合流地点(右)。茶屋坂標識。街道と村道合流地点に建つ中山道石碑(左)。下座切場(右)は通行する偉い役人に対し、地元の役人が袴を着用し土下座して迎えた場所です。
大久後の向茶屋跡と付近の街道と分岐点(右)。灰くべ餅の出茶屋跡(左)。右は新道坂。
大久後の観音堂と弘法様。権現坂と街道。刈安神社。炭焼立場跡。吾郎坂標識と樫ノ木坂の案内石碑。
権現山一里塚。樫ノ木坂の途中にあります。。左は中仙道ゴルフ場に向かう中山道。ゴルフ場を横切って大湫宿・十三峠東の入り口へ行く。
右は一里塚から集落へ下る石畳坂道。ゴルフのプレーヤー(過去ここでプレー中旅人に出会う)から見るとビックリ仰天、旅人から見ると中山道(東海自然歩道)で承知の上(ゴルフ場を横切る)の出会いです。
これより中仙道16宿(岐阜県内)中仙道(関が原宿その1)中山道・赤坂宿(その1)
中山道・69次
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原ファイル: ooi-syuku3.htm