東海道五十三次四十九番目、坂之下宿(その2)広重、坂之下、筆捨嶺宿場,下段の街道名をクリックして下さい本邦初400年前の鈴鹿峠1部国道1号線側道の旧東海道片山神社石標から鈴鹿峠に向かう。3回目の訪問で2011.11.1撮影左は片山神社の本殿石垣ですが石の階段が傾き「これより立ち入り遠慮してください」とあります。右は神社前の常夜灯で旅人が頻繁だったことが想像できます。
峠道ポケットパーク手前の急な階段(左)と今登ってきた深い谷を見下ろす(右)。曲がりくねった1号線沿いの峠道ポケットパークと芭蕉句碑。
ポケットパークからの展望とポケットパークの案内板、左上の現在地(赤矢印)の位置。
峠道途中の道標と案内板(右)ポケットパークから15メートルほど上にある馬の水のみ場の鉢跡、ここから引き返す。
峠道の石畳2箇所。岩屋観音堂と片山神社の中間あたりにあるとされる荒井谷一里塚跡(右写真)は見当たりませんでした。
松屋本陣跡。松屋本陣にあった門はこの法安寺の山門として保存されています。梅屋、大竹本陣跡。本陣、脇本陣の規模は街道一と記されています。
一ノ瀬一里塚跡と国道1号線、左写真、矢印電柱の下。鈴鹿馬子唄会館と「正調鈴鹿馬子唄」発祥地のモニュメント。
鈴鹿馬子唄会館前の東海道に建てられた55本の宿場名が書かれた木柱。本邦初(web&hd)400年前の鈴鹿峠1部
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原ファイル: sakasita2.htm