徳川家康公 愛知史跡めぐり(その9)徳川家康公 愛知史跡めぐり(その9)をご訪問下さいまして有難うございます。
形原城跡。山中八幡宮境内鳩ケ窟。家康公三河一向一揆で門徒に追われ危うく命拾いしたといわれる碑文拡大しましたが判読不明ですので山中城址碑石(右)及び山頂付近風景(左)。
広忠寺。天恩寺境内の家康公見返りの大杉(左下)。左上は延命地蔵菩薩堂。法蔵寺。徳川家康公が幼児に勉学されたとされる法蔵寺法蔵寺境内にあります。
大恩寺。犬飼湊跡。徳川家康公6歳の時、人質として駿河へ送られる際、この湊から船出したのではと記されています。
伊奈城址公園、櫓(上左)の壁に張られた説明文。「葵の紋」発祥の由来を記したモニュメント。
長谷寺。。この案内図は下がほぼ北になっています。新東工業(株)の正門横に建っています。
新東工業(株)正門の横1枚の案内板を2枚に分割したものです。写真右上は信長本陣跡のようですが新東名高速道・工事中のため確認できませんでした。ここのすぐ北に秀吉陣地跡があります。
大宮川と付近の風景。写真中は「長篠城設楽原決戦場」の大きな石碑。右は決戦場付近の風景(断上山古墳)。
徳川家康本陣跡。名和式「鉄砲構え」。連吾川沿いの馬防柵。右は土屋昌次が馬防柵に張り付き大声をだして戦死したといわれる。
松尾山(左)は徳川家康の嫡男、岡崎三郎信康の本陣地で、また岡崎三郎信康の妻は信長の娘徳姫です。
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原ファイル: tokugawa-aitiken9.htm