愛知・38市史跡・社寺めぐりー豊橋市(その4)
街道
編集部確認 2026年4月
愛知・38市史跡・社寺めぐりー豊橋市(その4)賀茂神社。賀茂神社境内案内図。長い参道と鬱蒼とした広大な森に鎮座します社で檜皮葺の建物が際立つ古い歴史の神社です。
徳川家康公、境内の巨大な楠の空洞に潜んで危地を脱したと云われる。賀茂神社参道沿いの神山古墳。欲張った予定の6割くらいの消化で帰路に着きました。
豊橋駅まで約1時間半かかってしまいました。馴れないスマホと小さな文字で役立たず。
宮西古墳。上左は馬越北山古墳群の遠景。上右は宮西古墳。豊橋市4回目の訪問は宮西古墳から市東部を南へ廻り豊橋駅に戻ります。
。馬越地区とその周辺の古墳案内板。馬越地区に鎮座します素盞嗚神社。馬越長火塚古墳(愛知県指定史跡)。
県道81号線から両古墳を撮る。姫街道長楽一里塚と街道の町並み。長楽寺(右)。左は境内の観音菩薩像から石巻山を撮る。
リンク:姫街道・長楽追分。常夜灯及び大きな石の道標(左)。中は右:豊川、 左:豊橋と刻まれています。
右端は付近の町並み。左の豊橋方面へ入り石巻運動公園西側を通り石巻神社へ向かう。石巻神社一の鳥居。
石巻神社。。石巻山登山口(左)。右は登山口に建つ常夜灯と石仏像の祠。石巻神社及び石巻山登山口玉泉寺。
赤岩寺。写真上右から山門、愛染明王堂、本堂。鞍掛神社。豊橋市「文治4年(西暦1188年)源頼朝が上洛する途中にこの地を通り乗馬してきた馬の鞍を奉納して武運長久を祈願した」と記されています。
多米校区自治会・多米の史跡と伝承ウィキメディア・コモンズより・普門寺の本堂豊橋のもみじ寺 普門寺。
『普門寺縁起』では源頼朝が平家追討の祈祷をして、頼朝と等身大の不動明王像(現在は客殿に安置)を造ったとの記述がある。平家滅亡後、頼朝が上洛する際には普門寺に立ち寄り多くの寺領を寄進し、寺門興隆し三河七御堂の随一と言ったとの伝もある。実際に当時の文献にも鎌倉幕府から厚い保護を受けていたことを窺わせる記録もある。
豊橋市:史跡・社寺めぐり豊橋市:史跡・社寺めぐり(その2)
愛知38市。東海道53次ハイビジョン動画館
愛知・38市史跡・社寺めぐりー豊橋市(その4) 賀茂神社。 賀茂神社境内案内図。長い参道と鬱蒼とした広大な森に鎮座します社で檜皮葺の建物が 際立つ古い歴史の神社です。 由緒一部拡大 徳川家康公、境内の巨大な楠の空洞に潜んで危地を脱したと云わ
賀茂神社境内案内図。長い参道と鬱蒼とした広大な森に鎮座します社で檜皮葺の建物が 際立つ古い歴史の神社です。 由緒一部拡大
徳川家康公、境内の巨大な楠の空洞に潜んで危地を脱したと云われる。
賀茂神社参道沿いの神山古墳。欲張った予定の6割くらいの消化で帰路に着きました。 豊橋駅まで約1時間半かかってしまいました。馴れないスマホと小さな文字で役立たず。
宮西古墳。上左は馬越北山古墳群の遠景。上右は宮西古墳。豊橋市4回目の訪問は宮西古墳 から市東部を南へ廻り豊橋駅に戻ります。 馬越北山古墳群拡大 。 宮西古墳
宮西古墳。上左は馬越北山古墳群の遠景。上右は宮西古墳。豊橋市4回目の訪問は宮西古墳 から市東部を南へ廻り豊橋駅に戻ります。 馬越北山古墳群拡大 。 宮西古墳
馬越地区とその周辺の古墳案内板。
馬越地区に鎮座します素盞嗚神社。
馬越長火塚古墳(愛知県指定史跡)。 馬越長火塚古墳
県道81号線から両古墳を撮る。
姫街道長楽一里塚と街道の町並み。
長楽寺(右)。左は境内の観音菩薩像から石巻山を撮る。 リンク:長楽寺
姫街道・長楽追分。常夜灯及び大きな石の道標(左)。中は右:豊川、 左:豊橋と刻まれています。 右端は付近の町並み。左の豊橋方面へ入り石巻運動公園西側を通り石巻神社へ向かう。 長楽追分
石巻神社一の鳥居。 石巻神社一の鳥居
石巻神社。 説明文拡大 。
石巻山登山口(左)。右は登山口に建つ常夜灯と石仏像の祠。 石巻神社及び石巻山登山口
玉泉寺。 玉泉寺
赤岩寺。写真上右から山門、愛染明王堂、本堂。 赤岩寺
豊橋市:史跡・社寺めぐり 豊橋市:史跡・社寺めぐり(その2)
原ファイル: toyohasi-si4.htm