愛知・38市史跡・社寺めぐりー豊川市(その5・赤坂宿)愛知・38市史跡・社寺めぐりー豊川市をご訪問下さいまして有難うございます。
徳川幕府の法令布告を掲示する場所を高札場と称し、赤坂宿の高札場は、宿の中央で最も人目につきやすい所にあった。と記されている。
旅篭大橋屋さん、現在も営業をしておられる。建物は1715年の建築といわれ、1871年頃(明治4年)まで置き屋を営んでいた。赤坂宿は1709年に大火に見舞われた1580棟が焼失し、その後幕府の援助により復興され、旅篭、置き屋、茶屋など80余戸を数え全盛期を迎え大変賑わった。
その当時の建築家屋として置屋の形態をよく整えているといわれる。赤坂宿から西の藤川宿までの間にこの本宿がある。
53次には指定されませんでしたが、旧東海道はこの本宿(もとじゅく)から赤坂、御油、国府、吉田まで続く街道は昔ながらの格子作りの建物が散見されてこの地区の賑わいが偲ばれる。写真は右に入って吉田(豊橋)まで伸びている。
赤坂宿、尾崎屋さん、現在も営業をしておられる。以上は平成10年5月31日撮影赤坂宿に建つ案内版。この広重画は宿泊した大橋屋旅籠の庭を描いたもので蘇鉄の木はその後浄泉寺へ移植されています。
赤坂宿・見附跡。関川神社横にある芭蕉句碑「夏の月御油より出でて赤坂や」関川神社の楠。
長福寺。問屋場跡と付近の町並み赤坂本陣跡宿場の旅籠(大橋屋)に描かれた「蘇鉄」が明治20年ころ、ここ浄泉寺に移植されたと記されている。
尾崎屋さん、大橋屋さんの付近の町並み、第19代目のご当主が経営されています。宿泊、食事は予約のみです。
浄泉寺と大橋屋さんの内部高札場跡赤坂陣屋跡と付近の町並み旧東海道から東北に入る杉森八幡社、この付近に西見付があったと記されています。
宿場の東を流れる音羽川に建つ音羽支所と文化ホール大日如来の栄善寺。長沢地区の道標。
長沢一里塚跡と付近の町並み。長沢地区の常夜灯と八王子神社。街道から北へ約200m、国道1号線で分断(右写真の森)された北側にこの標識が立っております。城址は忠魂碑が多く建立されています(左)。
長沢小学校:長沢城跡説明文リンク:誓林寺(右)と付近の旧東海道の町並み。芭蕉の門下生、と長沢地区の町並み。
リンク:




















執筆推定: 1998-05-31 / 原ファイル: toyokawasi5.htm