東海道五十三次四十三番目、四日市宿(その3、平成22~23年版)京方入り口から順に掲載しています。
広重、四日市、三滝川旧東海道沿いにある四日市開拓以来の氏神・諏訪神社。戦災前は諏訪神社前から斜め道で(国道1号線を横ぎり左写真)この道標まで通じていた。
戦災前は諏訪神社前から斜め道(左写真参照)でこの道標まで通じていた。ここから北へ三滝橋までの間に黒川、清水両本陣、脇本陣、高札場、問屋場、旅籠屋などが立ち並び、また港も近く徳川時代には「海上十里の渡し」として「熱田の宮の渡し」まで船の便もあったと言われる。
黒川本陣跡があったとされる黒川農薬店(左白い店)と旧東海道街並み。左写真は黒川本陣の門の遺構がこの薬師寺跡に戦災にも会わず残っていますが住職も今は亡く、表札の「薬師寺」の文字も朽ち果ててやっと判読、野草も生え放題です。市の史跡として保存出来ないでしょうか。
「し水の井戸」のある建福寺と陣屋跡があった中部西小学校。三滝橋と明治末期の木造三滝橋。
三滝橋、広重画に描かれている四日市の港方面を見た場所ではないかと言われる。左写真は四日市名物、老舗「なが餅」店と旧東海道街並み。
99番目:三ツ谷一里塚跡。海蔵川沿いにあり旧東海道の橋はなく1号線の橋を回り道します。
羽津の常夜灯、左方面道路を桑名宿へ向かいます。江戸から98番目:富田一里塚跡。静岡県からのひとり旅人と出会いしばし宿場の様子を語り、無事を祈り南北に別れた。その後2011.10.29に再会を果たし、日本百名山を完登し、東海道も今日宮宿(名古屋市)で完歩されたと聞き敬意と感動を交換しました。
遺跡前の旧東海道三重県三重郡朝日町にあります。江戸から97番目:縄生(なお)一里塚跡、まもなく員弁川(町屋川)にでます。橋を渡ると朝日町から桑名市に入ります。
お伊勢参りに行くのじゃ次は桑名宿(お江戸日本橋へ)




















原ファイル: yokkaiti3.htm