東海道五十三次、由比宿(その1)

東海道五十三次、由比宿(その1)

東海道五十三次、由比宿(その1)広重、由井、薩垂嶺広重画とずばりの場所です。この写真は薩った峠(さったとうげ)で2010.12.11撮影したものです。

薩垂峠から富士山を撮る1。薩垂峠から富士山と駿河湾の小船を撮る2。薩垂峠から富士山と駿河湾を撮る3。

ハイビジョン動画:和尚とjijiの東海道膝鍛える旅道中(由比宿第1部)、

バスを降りて峠に向かう一行、最初はひとかたまりでしたがすぐ離れて行く(右写真,興津川に架かる浦安橋)。

台風で打ち寄せる大波に部落は全滅したが一人の犠牲者もでなかった。坂道にかかる頃はばらばらになり先頭グループはどこを行くやら姿は見えない。行程約10キロ先頭グループのペースに合わせようと無理して登り、余計に疲れ約40分で峠頂上に着く。

天候に恵まれてすばらしい富士山の写真を撮ることが出来ました。薩った峠。薩った山合戦場跡の案内板。

薩た峠の戦い (南北朝時代)薩垂峠から由比の町を展望する。薩垂峠東の登り口付近からの展望。

薩った峠東登り口にあります。幕末に,山岡鉄舟が官軍に追われ逃げ込んだとされる場所。

由比一里塚跡、藤屋の向かいにあります。

次は蒲原宿(お江戸日本橋へ和尚とjijiの東海道膝鍛える旅道中(由比宿第1部)(由比宿第2部薩った峠)東海道53次

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東海道五十三次、由比宿(その1) 広重、由井、薩垂嶺 広重画とずばりの場所です。この写真は薩った峠(さったとうげ)で2010.12.11撮影したものです。 薩垂峠から富士山を撮る1。 薩垂峠から富士山と駿河湾の小船を撮る2。 薩垂峠から富士
東海道五十三次、由比宿(その1) 広重、由井、薩垂嶺 広重画とずばりの場所です。この写真は薩った峠(さったとうげ)で2010.12.11撮影したものです。 薩垂峠から富士山を撮る1。 薩垂峠から富士山と駿河湾の小船を撮る2。 薩垂峠から富士
薩垂峠から富士山を撮る1。
薩垂峠から富士山を撮る1。
薩垂峠から富士山と駿河湾の小船を撮る2。
薩垂峠から富士山と駿河湾の小船を撮る2。
薩垂峠から富士山と駿河湾を撮る3。
薩垂峠から富士山と駿河湾を撮る3。
バスを降りて峠に向かう一行、最初はひとかたまりでしたがすぐ離れて行く(右写真, 興津川に架かる浦安橋)。 浦安橋
バスを降りて峠に向かう一行、最初はひとかたまりでしたがすぐ離れて行く(右写真, 興津川に架かる浦安橋)。 浦安橋
バスを降りて峠に向かう一行、最初はひとかたまりでしたがすぐ離れて行く(右写真, 興津川に架かる浦安橋)。 浦安橋
バスを降りて峠に向かう一行、最初はひとかたまりでしたがすぐ離れて行く(右写真, 興津川に架かる浦安橋)。 浦安橋
台風で打ち寄せる大波に部落は全滅したが一人の犠牲者もでなかった。 海岸寺
台風で打ち寄せる大波に部落は全滅したが一人の犠牲者もでなかった。 海岸寺
坂道にかかる頃はばらばらになり先頭グループはどこを行くやら姿は見えない。行程約10キロ
坂道にかかる頃はばらばらになり先頭グループはどこを行くやら姿は見えない。行程約10キロ
先頭グループのペースに合わせようと無理して登り、余計に疲れ約40分で峠頂上に着く。 薩た峠付近
先頭グループのペースに合わせようと無理して登り、余計に疲れ約40分で峠頂上に着く。 薩た峠付近
天候に恵まれてすばらしい富士山の写真を撮ることが出来ました。
天候に恵まれてすばらしい富士山の写真を撮ることが出来ました。
薩った峠。
薩った峠。
薩った山合戦場跡の案内板。 薩た峠の戦い (南北朝時代)
薩った山合戦場跡の案内板。 薩た峠の戦い (南北朝時代)
薩垂峠から由比の町を展望する。
薩垂峠から由比の町を展望する。
薩垂峠東の登り口付近からの展望。
薩垂峠東の登り口付近からの展望。
薩った峠東登り口にあります。幕末に,山岡鉄舟が官軍に追われ 逃げ込んだとされる場所。
薩った峠東登り口にあります。幕末に,山岡鉄舟が官軍に追われ 逃げ込んだとされる場所。
由比一里塚跡、藤屋の向かいにあります。
由比一里塚跡、藤屋の向かいにあります。
熱田参りじゃ
熱田参りじゃ

原ファイル: yui.htm