中山道・妻籠宿(その2)妻籠宿で撮ったものです。ここ大妻橋手前で旧道と志ん道と合流し大妻籠集落へ向かいます。写真はここで分岐し妻籠宿へ下る旧道(左)です。
大妻橋たもとの石柱道標(左、中は片面飯田道)。妻籠宿へ1.2キロ、馬籠宿6・5キロ地点。
大妻橋から妻籠宿へ(右)。大妻橋から大妻籠集落へ(左)。県道7号線が旧道と接する場所にあるそば茶店(金剛屋さん)。いろりのある内部の佇まいです(左)。
県道7号線が旧道と接する場所。大妻籠の看板が目立ちます。大妻籠集落へ入る案内所の看板(右)。左はここから大妻籠集落を望む。
石畳の坂を登ると大妻籠集落の民家。庭先(玄関先)を抜けて峠へ向かう。大妻籠の旅籠屋の建物。
木曽地方の古い農家の様式を伝える貴重な県宝「藤原家住宅」。大妻籠の旅籠屋付近から寄り道して高台へ登ると、畑の中に建っています。
県宝「藤原家住宅」内部の様子。下り谷の木橋と付近の民家。両方とも馬籠峠方面を撮る。また下り谷集落には下り谷一里塚跡があるはずですが、立場茶屋の管理人さんは往時の蛇抜け(土石流)で集落と共に跡形無く流されたと教えて下さいました。
後日、野尻宿の帰り道に「中山道を歩く」案内書で場所を確認、下り谷一里塚跡を訪ねましたがやはり見当たらず、橋(中)の上流、下流(左)の写真のみ撮りました庚申塚(右)。左は大妻籠の集落。中は庚申塚からの距離標で妻籠宿まで2.2キロ。
大妻籠の集落を抜けると急坂が待ちうけ、牛馬も困難を極めた石畳に差掛かる。牛頭観音。中山道唯一の牛頭観音で牛を使っていたのです。
倉科祖霊社。熊除けの鐘。鳴らして下さい、熊を追っ払いますとあり、思いきり鳴らすばかりでなく高齢と一人旅故、タンバリンを膝下にバンドし、首にホイッスルをかけ、休憩ベンチでは携帯ラジオを大きくして通過しました。「備えあれば憂いなし」を実行したつもり。
男滝・女滝は吉川英治著「宮本武蔵」の舞台にもなった中山道の名所です。左下の小さな板の橋を渡り下り谷集落へ行きます。右写真は男滝です。
を撮影女滝。男滝から約50m上流にあります。今日の予定、男滝・女滝まで登ったところで終わります。次回は峠入り口(一石栃口)から馬籠峠頂上を通り、馬籠宿へ下りて行きます。
一週間後(9月13日)、天気が良く南木曽町で27~8度なら行けると思い、前回残した三留野宿の後半から妻籠宿までを歩き、ここからタクシーで前回歩いた男滝・女滝から妻籠宿は飛ばし、一石栃口からスタートします。リポートは歩いた順(この方が楽です)とは逆の江戸方から順番に掲載しています。
このあたりは海抜600mぐらいかな。日陰は沢の風で涼しいが緩やかな坂とは云え歩くのはまだ時期尚早のようだ。一石栃口の道標、案内、標識など。馬籠宿まで4.4キロ、妻籠宿まで3.9キロの標識で半分も達成していない、ゆっくり歩いてスタミナを消耗しないよう頑張ります。
左は神居木。右は付近の中山道と谷川の風景。一石栃にある白木改番所跡。子安観音堂と樹齢250年のしだれ桜。白木改番所跡から約80m右へ入った坂の途中にあります。
立場茶屋(牧野家住宅)で管理人さんが親切に応対してくださいます。ここを過ぎると峠へ向けて急な坂道が続きます。馬籠峠まで約700mだ。
左は立場茶屋へ向けて下って行く人。右3枚は峠へ向かう旧中山道で峠手前は手すりのある石段の急峻で立ち止まりながら約80~100m登る。おー!!やっと馬籠峠頂上だ。
へ行くへ行くこれより中仙道(岐阜県内)中仙道(関が原宿その1)中山道・赤坂宿(その1)
これより中山道(木曽路:11宿)
中山道・69次
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原ファイル: tumago-syuku2.htm