中山道・奈良井宿(その2・鳥居峠)ウィキメディア・コモンズ経由で・木曾街道六拾九次 奈良井(渓斎英泉画)鳥居峠へ出発する絵図でしょうか。
いよいよ峠に差掛かる登り口(右黄色の矢印)。登り口から振り返り(左)奈良井宿ともお別れです。
標識地点に立つ案内説明図。中山道と刻まれた石の道標(上右)と石畳の登り坂(上左)。
右から順に標識地点の中山道江戸方(左2枚)・京方(右)を撮る。葬沢。標識地点の中山道江戸方(右)・京方(左)を撮る。
標識地点の中山道江戸方・京方を撮る。右から2枚目は付近の道祖神。葬沢から鳥居峠一里塚跡の間の中山道風景3景。この間で初めて下山の三人パーテイに出会う。
思わず挨拶を交わす。こういう場所での人懐かしさ、恋しさは格別のものです。内心季節も良いのでもっと多くの人と行き交う(妻籠宿~馬籠宿のように)と期待していましたがやはり難所と季節が早いからでしょうか。奈良井宿側は若干危険を感ずる狭い道がありますが標識にしたがって歩いて下さい。
鳥居峠一里塚跡。標識地点の中山道江戸方・京方を撮る。標識地点。中山道と刻まれた石道標(中)。鳥居峠まで100mの標識(右)、やっとたどり着いた感じでほっとする。が先はまだ遠い。
鳥居峠の茶屋(無人でした)。茶屋の前の石碑(右から2枚目)。標高1197m。茶屋前には水場があり年中綺麗な水が流れて旅人を癒してくれます。
「熊除けの鐘」に出会う。思い切り鳴らす。その上今回は足にタンバリン、首にホイッスル、杖と護身を兼ねたカメラの一脚、備えあれば憂いなしとはこのことだ。写真中は道標で「左 明治道右 ○○国」しか判らない。
木祖村の天然記念物「鳥居峠トチノキ群」。中山道明治の道と刻まれた道標(中)。道標付近の中山道。
鳥居峠付近に立つ案内説明板。御岳神社、石の鳥居(右)と霊神碑(左から2枚目)が倒壊の危険があると立ち入り禁止になっています。左は神社前にある石像です。
丸山公園には多くの石碑が並んでいます。左端は芭蕉句碑「木曽の栃 うきよのひとの 土産かな」ここで奈良井宿に向かう京都府から来られた約15人の女性グループと出会い、一人ですかと声をかけられ「そうです」と答えたら「一人で来るものでない」とご忠告、感銘をうけました。でも一人だから来れたんです。
越え薮原宿まで第1部。第2部。丸山公園の一角にあります。すぐ上には硯水の伝説井戸(右)があります。「広重画・薮原宿」に描かれています。
標識地点の中山道江戸方(左)・京方(右)を撮る。薮原宿へ下りる途中の説明板。標識地点の中山道江戸方(右)・京方(左)を撮る。
標識地点(中)の中山道江戸方(左、熊除けの鐘)。京方(右、石の道標には「中山道」と刻まれています)。
薮原宿へ下りる中山道は道幅が広く奈良井宿側に比べれば危険な箇所も無く安全です。左:道標文字は「左 中山道 右○○道」で不明。よほど年代の古い石に違いありません。
右は薮原宿側から峠越えの人に提供される杖置き場です。奈良井宿から来た人はここに置いて帰ります。木枝で作られた簡単な杖です。
ついに不安と念願の単独鳥居峠越えを達成、消防署分署前へ到着しました。これで鳥居峠、三留野駅から馬籠峠(2回)、福島宿から上松宿まで計4回、約12万歩の旅を終り、残り4宿は気楽な旅となります。
越え薮原宿まで第1部。第2部。
へ行くへ行く
これより中仙道(岐阜県内)中仙道(関が原宿その1)中山道・赤坂宿(その1)
これより中山道(木曽路:11宿)
中山道・69次
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原ファイル: narai-syuku2.htm