徳川家康公 愛知史跡めぐり(その8)大泉寺(右)。家康公の生まれた翌年(1543)、於大の方が安産の祈願をした薬師如来を本尊として創建した寺です。
大泉寺境内の伝通院於大のお墓(左)祐伝寺。築山御前の首塚は、一般的には下記の八柱神社が知られていますが、ここ祐伝寺にも首塚が存在しているのは、あまり知られていないようです。
八柱神社1。八柱神社2。徳王稲荷金刀比羅社。家康公も弓の稽古で数度訪れたといわれる神社です。また境内の藤の花は(左端)東海道一の名声で花房は「こんぴら藤」と称され6尺に及ぶといわれます。
若宮八幡宮。「若宮八幡宮由緒」第3面をコピーしたものです。関連:八柱神社(左)。。
右は神社境内の築山御前首塚。
岡城址。城址上写真左から祠、和の大きな文字の碑石、碑文が刻まれた碑石。左から上ノ郷城主郭址。城の南側土塁。上ノ郷城址石碑(愛知県)。
リンク:安楽寺。。リンク:ウィキメディア・コモンズより・徳川家康が滞在した崇運寺西尾市康全寺。本堂工事中でした。
盛巌寺。堯雲寺。鎧ケ淵古戦場跡。東條城跡。左は物見櫓と大手門。右は本丸跡。右端は東條城跡の大きな碑石。
三の丸跡に鎮座する八幡社(上左)。三の丸跡(中)。三の丸跡に立つ「東條城の落日」説明文。
鎌倉以来連綿と続いた名門東條吉良氏の居城は松平の手に落ち家康の三河平定は完了しました。
東條城跡に立つ説明板。小牧陣屋跡。
西方寺。小島城があったとされる石碑(中、城山稲荷)ですが場所は近くの工場から移転されたという。
リンク:室城(牟呂)跡。城(牟呂)跡と隣接する林松寺にまつわる民話の道「水のみ龍」源空院。
松平氏 徳川家略系譜拡大西浅井城跡。城跡は個人宅となっていますが公道から堀壕跡(上写真)など見学できます。
正龍寺境内の松井氏墓所。寺津八幡社。寺部城址。寺部城案内。寺部城に寄寓した小笠原貞頼氏が小笠原諸島を発見し名付けられたと記されています。
写真上左から寺部城址登り口。城址から三河湾を望む(中)。安泰寺と徳川家康公鎧掛けの松。
安泰寺参道(左)。境内のいぼ地蔵尊(右)。浅間神社。家康が天正10年の本能寺の変で岡崎へ帰城する時、当地で農民が「麦えまし」を差し出したと記されています。
東端城址がある城山稲荷大明神の鳥居と東端城説明碑。徳川家300年の礎を築いた先祖・松平親氏公の松平郷徳川家康公 愛知史跡めぐり(その1)第16回春姫道中第1部
「金シャチ横丁」第1部
徳川家康公の先祖・松平郷(豊田市)を訪ねるわくわく旅豊田市東部から岡崎市北部の旅徳川家康公ゆかりの地めぐり鳳来寺・東照宮、設楽原決戦場名古屋城本丸御殿完成記念号(第1部)
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原ファイル: tokugawa-aitiken8.htm