源義朝:頼朝・義経公父子の史跡を訪ねて(県外、その4)清宗塚。リンク:リンク:野路駅の名残り。
場所、位置など上記散策マップを参照して下さい。鏡神社。由緒:拡大はここをクリック。
謡曲「烏帽子折」と鏡神社。源義経「烏帽子掛けの松」。義経元服池の真向かいに道の駅:竜王かがみの里がある。
場所、位置など上記散策マップを参照して下さい。「義経元服の盥」の部分は竜王町観光協会のパンフレットを撮影したものです。
旧中仙道が新幹線ガード下をくぐる手前を少し左へ入る、常盤御前の墓。この山中地区は山合いがわずか400メートル余の狭い地区ですが東海道新幹線、東海道本線、名神高速国道21号が通り、まさに交通の重要場所です。
常盤御前の墓と並んである芭蕉句碑。垂井一里塚の隣にある。ゆかりの。赤い矢印の松が1本だけ目についた。この木に登って遠くまで見張っていたのだ。
芦竹庵。『吾妻鏡』建久元年10月29日条には上洛途中の源頼朝が、ここで宿泊(青墓宿)して現地の長者・大炊とその娘を召したこと、合わせて頼朝の祖父源為義が大炊の姉を妾としていたこと、頼朝の父・源義朝が東国と京都の往復の際に大炊の家に宿泊したことが記されている。
芦竹庵の敷地内にあります。今日(2011.12.21)の旅は上記の東結(ひがしむすび)一里塚跡からスタートします。
輪中の堤防を西に行くと県道171号線と交差、角に木製の大きな道標があり「歴史の道鎌倉街道 美濃路 縁結びの結神社 照手姫ゆかりの町屋観音堂(左)」と書かれています。
町屋観音堂前の説明板、拡大合成したものです。一乗寺。一乗寺由来。ここより東北1.6キロ上流に鎌倉街道があったという。
間の宿のあった南宿・枝村(現足近町南宿)の案内板。ここ南宿・北宿の間に鎌倉街道の宿駅があった。この先約800メートルが昭和30年代、新幹線羽島駅新設に伴う区画整理によって美濃路が失われたとある。
「美濃源氏発祥の地」の標識が立つ八幡神社。八幡神社境内の「美濃源氏発祥の地」の説明文と「土岐氏一日市場館跡」と刻まれた石碑。
源義朝:頼朝・義経公父子の史跡を訪ねて(愛知、その1)(遠江・駿河・伊豆編、その5)(相模・武蔵編、その6)愛知県・38市史跡・社寺めぐり




















原ファイル: yositomo-yoritomo4.htm