東海道五十三次四十六番目、亀山宿(その2、平成22年版)

東海道五十三次四十六番目、亀山宿(その2、平成22年版)江戸方の入り口から順に掲載しています。

広重、亀山、雪晴宿場,下段の街道名をクリックして下さい亀山宿は江戸方より順に掲載して行きます。

中富田一里塚から一里の道程となります。能褒野(のぼの)神社の鳥居:古事記に登場するヤマトタケルノミコト(日本武尊)が東国平定から故郷の大和を目指す途中、病に倒れ能褒野の地にて没したという。ここ能褒野神社にはヤマトタケルノミコトのお墓があり、全長約90m、高さ約9mにおよぶ三重県北部最大の前方後円墳となっている。

また、このお墓には16もの塚が分布している(じゃらん観光ガイドより引用)。右は石上寺。

江戸口門跡とここから旧東海道亀山宿。茶屋町通りは多くの家が旧屋号を掲げて亀山宿を盛り上げようと熱意が伝わってきます。

能褒野神社参道入り口の説明板。東町商店街にある椿屋脇本陣跡。東町商店街にある樋口本陣跡。左写真信号向こうが高札場跡。

高札場跡から見る東町商店街。旧東海道沿い万町の民家の屋号。旧東海道の歩道埋め込み道標と街並み。

城南にある堀池の南交差点角高台にある。加藤家長屋門と宿場道標(堀池の南交差点角)。

西町問屋場跡から見る亀山城方面と左は関宿方面へ行く旧東海道。お伊勢参りに行くのじゃ次は庄野宿(お江戸日本橋へ)これより美濃路美濃路(名古屋宿その1)美濃路(名古屋宿その2)美濃路(名古屋宿その3)美濃路(清須宿その1)美濃路(清須宿その2)美濃路(萩原宿~起宿その1)美濃路(萩原宿~起宿その2)美濃路(墨俣宿その1)美濃路(墨俣宿その2)美濃路(大垣宿その1)これより中仙道東・中・美:環状歴史・出世街道中仙道(関が原宿その1)中仙道(関が原宿その2)中仙道(柏原宿その1)中仙道(柏原宿その2)中仙道(柏原宿その3)中仙道(醒ヶ井宿その1)中仙道(醒ヶ井宿その2)中仙道(高宮宿その1)中仙道(高宮宿その2)これより東海道東・中・美:環状歴史・出世街道

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広重、亀山、雪晴
広重、亀山、雪晴
亀山宿は江戸方より順に掲載して行きます。
亀山宿は江戸方より順に掲載して行きます。
中富田一里塚から一里の道程となります。
中富田一里塚から一里の道程となります。
能褒野(のぼの)神社の鳥居:古事記に登場するヤマトタケルノミコト(日本武尊)が東国平定から 故郷の大和を目指す途中、病に倒れ能褒野の地にて没したという。ここ能褒野神社にはヤマトタケルノ ミコトのお墓があり、全長約90m、高さ約9mにおよぶ三
能褒野(のぼの)神社の鳥居:古事記に登場するヤマトタケルノミコト(日本武尊)が東国平定から 故郷の大和を目指す途中、病に倒れ能褒野の地にて没したという。ここ能褒野神社にはヤマトタケルノ ミコトのお墓があり、全長約90m、高さ約9mにおよぶ三
江戸口門跡とここから旧東海道亀山宿。 江戸口門跡
江戸口門跡とここから旧東海道亀山宿。 江戸口門跡
江戸口門跡
江戸口門跡
茶屋町通りは多くの家が旧屋号を掲げて亀山宿を盛り上げようと熱意が伝わってきます。
茶屋町通りは多くの家が旧屋号を掲げて亀山宿を盛り上げようと熱意が伝わってきます。
能褒野神社参道入り口の説明板。
能褒野神社参道入り口の説明板。
東町商店街にある椿屋脇本陣跡。
東町商店街にある椿屋脇本陣跡。
東町商店街にある樋口本陣跡。左写真信号向こうが高札場跡。
東町商店街にある樋口本陣跡。左写真信号向こうが高札場跡。
高札場跡から見る東町商店街。
高札場跡から見る東町商店街。
旧東海道沿い万町の民家の屋号。
旧東海道沿い万町の民家の屋号。
旧東海道の歩道埋め込み道標と街並み。
旧東海道の歩道埋め込み道標と街並み。
城南にある堀池の南交差点角高台にある。
城南にある堀池の南交差点角高台にある。
加藤家長屋門と宿場道標(堀池の南交差点角)。
加藤家長屋門と宿場道標(堀池の南交差点角)。
西町問屋場跡から見る亀山城方面と左は関宿方面へ行く旧東海道。
西町問屋場跡から見る亀山城方面と左は関宿方面へ行く旧東海道。
次は関宿 お伊勢参りに行くのじゃ 次は庄野宿(お江戸日本橋へ)
次は関宿 お伊勢参りに行くのじゃ 次は庄野宿(お江戸日本橋へ)

原ファイル: kameyama2.htm