日置八幡宮・明通寺
愛知県・38市史跡・社寺めぐり — 愛西市(その2)。日置八幡宮(源頼朝の勘請と伝えられる):道路が改修され神社も新しくされた様子。その年の豊凶を占なう「日置のくだがゆ」は近郷に聞こえていた。

壮大な本堂と古色豊かな楼門の明通寺。尾張藩祖義直は立田方面の鷹狩の途中たびたびこの寺に立ち寄ったという。筝曲・吉田検校はこの寺の生まれである。

佐屋街道
右は佐屋街道が養老山脈方向にほぼ直線に伸びているが本来の街道とはやや異なるようです。左はこの街道が巡見街道に突き当たり左折し約100メートル東側に建っている佐屋海道址付近。かってこの付近には松並木もあったという。

巡見街道を南進し須依交差点を右折して佐屋宿に入り三里の渡し場へ向かう。

水鶏塚・代官所址



代官所址。慶長20年4月大阪夏の陣、この佐屋から船出した徳川軍が勝利を収めた吉祥の地とされ、その後佐屋御殿、船番所、奉行所、代官所など次々と設けられて、この地方の民政と治安に貢献したと記されている。


キコクの生垣・加藤高明生誕地
代官所址前の「キコク」の生垣、白いブロック塀の内側。

代官所址の北隣にあります。内閣総理大臣の生誕はここ佐屋で、少年時代は名古屋市内に住居跡。

上記碑文の加藤高明生誕地跡の阿弥陀寺南の竹やぶを訪ねましたが宅地開発中で自筆の記念碑が上記(写真左)に移転しています。

佐屋三里の渡し


「佐屋三里渡し場」風景。佐屋川、内川(長島地内)の穏やかな川船に揺られてこの渡し場も明治中ごろ川の堆積物により廃止された。

星大明社・市江車車田址・大野城址



原ファイル: aisaisi2.htm