愛知・38市史跡・社寺めぐりー安城市(その8)
街道
編集部確認 2026年4月
愛知・38市史跡・社寺めぐりー安城市(その8)安城市8回目の訪問は北部地区(名鉄・名古屋本線から北側)を左回りに移動して名鉄・新安城駅に戻り安城市を終わります。
妙教寺。東海道隋一の喜徳真天を守護神として祀る。大浜屋敷跡。柴田助太夫は1677年(延宝5年)貧しい村人のために、助郷役免除を願い出て免除され、この地(永安寺)で亡くなったと伝えられています。
永安寺。本堂、山門、柴田助太夫終焉之地碑(左端)。大浜屋敷跡(浜屋町)の庄屋柴田助太夫の霊をまつる寺です。
永安寺雲竜の松。雲竜の松、正面南側(上)。裏北側(下)明治川神社(上左)。上右は神社北側に建つ通水100年記念碑ほか。下左は明治川神社前に建つ教化史跡・明治用水碑。民間人4名が命名を授かり祀られています。
。内外神明社(ないと)。伊勢神宮の内宮、外宮を勧請して鎮座されたといわれます。白山神社。
鎌倉街道宮橋跡。対岸の石碑拡大(右端)。宮橋跡石碑文拡大。縄文ニタ股遺跡。石碑横面には「石鏃出土」と彫られています。
不乗森神社(のらずのもり)。上左は境内の幸福釜2基。。。不乗森神社本殿(右)。左は境内の神猿の像。碑文には「昔より鎌倉街道に沿い往来する人々はうっそうとした社頭に下馬し旅の安全を祈願して通行したのでのらずの森といわれました」と彫られています。
山伏塚跡(推定里町)。関連:。桜井町の山伏塚とは約10キロ離れています。東海道松並木、今本町付近。
。花の滝伝承地。。。安城市:史跡・社寺めぐり
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妙教寺。東海道隋一の喜徳真天を守護神として祀る。 妙教寺
妙教寺。東海道隋一の喜徳真天を守護神として祀る。 妙教寺
大浜屋敷跡。柴田助太夫は1677年(延宝5年)貧しい村人のために、助郷役免除を願い出て 免除され、この地(永安寺)で亡くなったと伝えられています。 大浜屋敷跡
永安寺。本堂、山門、柴田助太夫終焉之地碑(左端)。大浜屋敷跡(浜屋町)の 庄屋柴田助太夫の霊をまつる寺です。
永安寺雲竜の松。
雲竜の松、正面南側(上)。裏北側(下)
明治川神社(上左)。上右は神社北側に建つ通水100年記念碑ほか。下左は明治川神社前に建つ教化史跡・ 明治用水碑。民間人4名が命名を授かり祀られています。 説明文拡大。
内外神明社(ないと)。伊勢神宮の内宮、外宮を勧請して鎮座されたといわれます。 内外神明社
白山神社。 白山神社
鎌倉街道宮橋跡。 対岸の石碑拡大(右端) 。 鎌倉街道宮橋跡
宮橋跡石碑文拡大。
縄文ニタ股遺跡。石碑横面には「石鏃出土」と彫られています。 縄文ニタ股遺跡
不乗森神社(のらずのもり)。上左は境内の幸福釜2基。 説明文拡大 。 不乗森神社。
不乗森神社本殿(右)。左は境内の神猿の像。碑文には「昔より鎌倉街道に沿い往来する人々はうっそうとした社頭に 下馬し旅の安全を祈願して通行したのでのらずの森といわれました」と彫られています。
山伏塚跡(推定里町)。関連:山伏塚。桜井町の山伏塚とは約10キロ離れています。
東海道松並木、今本町付近。 説明文拡大 。
花の滝伝承地。 説明文2点拡大 。 花の滝伝承地。
安城市:史跡・社寺めぐり
原ファイル: anjyosi8.htm