脇往還:佐屋街道(佐屋宿その2、弥富市)
脇往還:佐屋街道(佐屋宿その2、弥富市) 佐屋街道:長良橋東付近の歩道埋め込み道標。脇往還・佐屋街道は宮宿~桑名宿間が海路で 距離が長く旅人の便利(荒天による船待ち、船酔いなど)をはかるためこの万場宿、神守宿、 佐屋宿が設けられました。
脇往還:佐屋街道(佐屋宿その2、弥富市) 佐屋街道:長良橋東付近の歩道埋め込み道標。脇往還・佐屋街道は宮宿~桑名宿間が海路で 距離が長く旅人の便利(荒天による船待ち、船酔いなど)をはかるためこの万場宿、神守宿、 佐屋宿が設けられました。
旅のお役に立つ情報(リンク集) 東海道53次宿場 画像集(東日本編) 東海道53次宿場 画像集(西日本編) 30宿場の宿学旅行東・ 中・美-環状歴史・出世街道 稲・中・美濃尾環状 歴史街道 木曽路の旅 贄川宿~馬籠宿
源義朝:頼朝・義経公父子の史跡を訪ねて(愛知、その3) 剣光禅寺。尾張六地蔵第一番の霊場で頼朝が上洛の折、地蔵菩薩を拝し持って いた宝剣を奉納し、田畑を寄進したという。 誓願寺境内の左から武蔵坊弁慶像のお堂。中は白山神社。右は誓願寺本堂
下(した)街道(善光寺街道・瑞浪その1) 秋葉神社。前回高山城跡,南宮神社で終わった場所から県道をほぼ東へ一直線。和合橋手前で北へ入る 旧の街道があり、この神社からスタートします。 左:土岐川に架かる和合橋。中:下街道道標。右:今来た県
桜本町駅周辺案内(その1、鎌倉街道) 名古屋市交通局リンク: 桜通線、左は駅前通りから南、すぐ左折(東)して鶴里~野並方面。右は駅前通りから 新瑞橋~桜山方面を撮る。 市道桜本町交差点南東へ約150m角。 名鉄線横に建つ
中山道 (脇往還:美濃路 名古屋宿その2) 宿場名,下段の街道名をクリックして下さい。 美濃路新川橋西詰めポケットパークにある説明版を拡大。をはじめ 、、 、 、などこの街道を縦横に飛びまくって出世して行った。 出世街道と言われる由縁
中山道・奈良井宿(その2・鳥居峠) ウィキメディア・コモンズ経由で・木曾街道六拾九次 奈良井(渓斎英泉画) 鳥居峠へ出発する絵図でしょうか。 いよいよ峠に差掛かる登り口(右黄色の矢印)。登り口から振り返り(左)奈良井宿とも お別れです
東・中・美-環状歴史・出世街道(豊臣秀吉公城下町・長浜市その2) タイトル「東・中・美-環状歴史・出世街道」に欠かせない豊臣秀吉公城下町・長浜市 (5月4日午後)と家臣:石田三成の居城 (5月4日午前)を訪ねレポート いたします。秀吉公に
下(した)街道(善光寺街道・瑞浪その3) 常夜灯と荒磯大明神。 出雲大社教(左)。右は馬頭観音・泥地蔵と街道。 街道から目に入る珍しいつり橋(左)。以前通学路として作られたといわれる。右は つり橋から中央線、瑞浪トーカイカントリーゴル
徳川家康公 愛知史跡めぐり(その6) 五条橋(清洲)。五条橋(名古屋・西区)。清洲越(慶長15年、1610年より行われた町ぐるみの引越しをいう)。 現清洲城。城主・徳川義直の代になり、家康の命により名古屋城への町ぐるみ移転を 行い清洲城