愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その2)
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その2) 愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市をご訪問下さいまして 有難うございます。 火縄銃弾丸採集地(中)。左は採集地の近くの道祖神の祠。 この案内図は下がほぼ北になっています。 新東工業(
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その2) 愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市をご訪問下さいまして 有難うございます。 火縄銃弾丸採集地(中)。左は採集地の近くの道祖神の祠。 この案内図は下がほぼ北になっています。 新東工業(
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その3) 新城市3回目の訪問は駅から南部方面を左廻りで旅をいたします。 泉龍院。上左:本堂。上右:山門。地元では「大洞山」と呼ばれて泉龍院では通じなく困りました。 泉龍院境内の東照軒跡地。泉龍院は
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その4) 新城市4回目の訪問は約2年半ぶり、設楽町訪問から2回目となる長久手古戦場と設楽が原古戦場を 結ぶ リンク: (正式名は高速乗合バス「山の湊号」新城名古屋藤が丘線)新東名高速道直通の豊鉄バス
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その5) 村義の碑。下段は碑前の風景。 柿本バス停付近の登り口から柿本城を望む。 柿本バス停付近の登り口から登り始める。 かなりきつい登山道です。 柿本城址。 。 柿本城址に建つ石碑(表に
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その6) 新城市5回目の訪問は前回同様、高速乗合バス「山の湊号」で川路で下車、 武田勝頼戦地本陣地から設楽が原古戦場(2年半前行けなかった)を中心に 史跡めぐりをいたします。 清水寺井戸。 。
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その7) 信玄塚の大垂れ幕(上)。下左は信玄大塚。この塚から発生した蜂を退治するため供養を行ったことが、 火おんどり(愛知県指定無形民俗文化財)の始まりとされる。 信玄塚地内のお堂前石碑と横壁に貼ら
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その8) 新城市6回目の訪問はjr野田城駅からレンタサイクルで市南部を巡ります。 摩詞戸神社(まかご)。 グーグル・マップ: 摩詞戸神社/摩詞戸古墳群 摩詞戸神社鳥居(左)と神社周辺の古墳群。
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その9) 冨賀寺(ふかじ)。参道と左上付近には紫陽花約800本くらい咲いていました。 冨賀寺山門(右)。左:護摩堂。 冨賀寺境内。 冨賀寺境内・新城市指定名勝(庭園)。写真は上下二段で上が庭園上
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その10、作手地区) 新城市7回目の訪問は作手地区を巡ります(2017.9.29)。 歴史の小径。道中案内図。 。 川尻城址。上右は川尻城址のある山容(創造の森城山公園)。下は忠魂碑が建
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その11、作手地区) 新城市7回目の訪問は作手地区を巡ります(2017.9.29)。 善福寺仁王門・鐘楼堂(左上)。下は本堂へ上る参道側(裏手)から仁王門・鐘楼堂を撮る。 参道の巨木と仁王門
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その12、作手地区) 甘泉寺。 甘泉寺境内鳥居強右衛門勝商之墓所。向かって左に作手出身の夫人の墓碑が並べられています。 織田信長自ら葬ったとされます。 甘泉寺境内国指定天然記念物「
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その13、吉川地区) 新城市8回目の訪問は市東部吉川地区を巡ります(2017.11.3)。 日吉神社。 日吉神社境内の大楠。 鳶ケ巣山奇襲隊の松山越え。上左は船着山を望む。上右は船着
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その14、川路地区) 新城市9回目の訪問はjr新城駅東北部川路地区を巡ります(2017.11.7) 勝楽寺(上左)。設楽原決戦で勝利した信長、家康が立ち寄り戦勝の祝杯をあげ、松楽寺と いう元の名を戦
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その15、三河大野地区) 新城市9回目の訪問はjr三河大野地区を巡ります(2017.11.7) 駅前の宇連川に架かる大野橋(3代目)から見る宇連川上流の風景(上)。下はjr鳥居駅(左) 右は三河大野
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その1) 愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市をご訪問下さいまして 有難うございます。 長篠城址史跡保存館前の説明板。 保存館前の説明板拡大。 大通寺の案内板。大通寺北の医王寺には武田勝頼の本陣
新城市・鳥居強右衛門(36歳)特集 新城市の小さな子供さんは時の総理の名を知らなくても「鳥居強右衛門」の名を 知らない人はいないといわれる。 長篠城址史跡保存館前の説明板。 保存館前の説明板拡大。 大通寺の案内板。大通寺北の医王寺に