東海道五十三次、鳴海宿(その1)
東海道五十三次、鳴海宿(その1) The 53rd Tokaido Posting Station(Narumi Syuku no.1) 広重、鳴海、名物有松絞り 街道を挟んで両側に現存しています。江戸方より鳴海宿に向けて順に掲載し
東海道五十三次、鳴海宿(その1) The 53rd Tokaido Posting Station(Narumi Syuku no.1) 広重、鳴海、名物有松絞り 街道を挟んで両側に現存しています。江戸方より鳴海宿に向けて順に掲載し
愛知・38市史跡・社寺めぐりー豊田市(その9、猿投地区) Google Translation(nihongo→English) テキスト文字のみ翻訳できます。 写真内の文字は翻訳できません。 棒の手ふれあい会館。リンク: you tu
東海道五十三次、京都(その1) 広重、京都、三条大橋 三条大橋西詰めの銅像を正面と斜めから撮って見ました。別人のような風情です。 ここから大橋を渡り三条通り(旧東海道)を東(江戸方)へ向け歩きます。 三条大橋東詰めの説明板。 三条大
下(した)街道(善光寺街道・春日井その2) 坂下御殿跡。源敬公は初代藩主・徳川義直、名古屋城主。 坂下神社。境内の稲荷神社(左)。 萬寿寺。 常夜灯と付近の街道。萬寿寺から市役所坂下出張所の間、下街道のルートが判然としない部分が あ
木曾街道(上街道)・善師野宿 タイトルの善師野宿はほんの小さな宿場ですが楽田からまとめて案内いたします。 木曾街道はここから(右)右へ入って行きます。左はこの近くの41号線沿いの 若宮神社(左)と若宮神社前を過ぎると入り口の左側にある蜜
中仙道・美濃路:垂井宿(その2) 垂井町4年ぶり3回目の訪問は「太閤・秀吉公さま 尾張・美濃史跡めぐり」 シリーズの補完を兼ねてやってまいりました。 徳法寺山門(上左)。句碑。 五明稲荷神社。 五明稲荷神社境内のイチョウの木。 神田
徳川家康公 愛知史跡めぐり(その7) 代官所址ポケットパークにある説明板。 代官所址。慶長20年4月大阪夏の陣、この佐屋から船出した徳川軍が勝利を 収めた吉祥の地とされ、その後佐屋御殿、船番所、奉行所、代官所など次々と 設けられて、この
中山道 脇往還:美濃路(萩原宿~起宿その2) 宿場,下段の街道名をクリックして下さい 美濃路新川橋西詰めポケットパークにある説明版を拡大。をはじめ 、、 、、などこの街道を縦横に飛びまくって出世して行った。 出世街道と言われる由縁もこ
庄内通駅周辺案内(その2) 稲生が原古戦場跡。織田信長と が戦った稲生が原の古戦場跡(庚申塚)である。 この戦の霊を祭ったと言われる。信長がこの合戦に勝利し、(この 合戦で手柄をたて槍の又左の異名を取る)尾張統一に向け大きく踏み出した。又
中仙道・美濃路:垂井宿(その3) 垂井町4年ぶり3回目の訪問は「太閤・秀吉公さま 尾張・美濃史跡めぐり」 シリーズの補完を兼ねてやってまいりました。 垂井の泉。 グーグルマップ垂井の泉/平塚為広居城跡 。 垂井城主・平塚為広居城跡(推