桜本町駅周辺案内(その2,鎌倉街道)
桜本町駅周辺案内(その2,鎌倉街道) 駅から西へ約700メートルのところにある白豪寺 (びゃくごうじ,下写真)境内の勝景碑から南(知多、呼続浜方面)を見る。 鎌倉時代は駅西一帯、呼続付近から笠寺見晴台付近まで半島のように海に突き出て
桜本町駅周辺案内(その2,鎌倉街道) 駅から西へ約700メートルのところにある白豪寺 (びゃくごうじ,下写真)境内の勝景碑から南(知多、呼続浜方面)を見る。 鎌倉時代は駅西一帯、呼続付近から笠寺見晴台付近まで半島のように海に突き出て
中山道・大井宿(その3,十三峠) 祝坂と途中にある姫御殿跡(右)。姫御殿跡内に立つ下座切場跡(左)。下座切場(左端)は通行する 偉い役人に対し、地元の役人が袴を着用し土下座して迎えた場所です。 姫御殿跡。 首なし地蔵跡の案内板と街道。
鎌倉街道(呼続→熱田神宮東門その1) 今日の鎌倉街道を訪ねる小さな旅はここ呼続の熊野三社から神宮東門へ向けスタートします。 途中の経路が判然としませんので要所要所で確認しながら神社、仏閣を主に訪ねます。 熊野三社は山崎城に佐久間信盛が城
鎌倉街道(東宿→熱田神宮その2) 露橋・神明社から東へ約700m、都市環状高速道下のこの稲荷神社で 鎌倉街道を確認して、熱田神宮に向けスタートします。。 稲荷神社朱塗りの本殿と由緒記。この付近から美濃路(鎌倉街道が先に出来
豊臣秀吉特集(その3,ねね出生地) 歴史書によればねねの出生地は尾張の国清洲の朝日村と書かれた ものが多い。そこで朝日村の厳島神社を尋ねた。由緒によれば2000 年前の石器、弥生時代の遺品が発掘された朝日遺跡(村全体の7割 が発掘対象とい
秀吉公尾張中村から京都~大阪城まで(その6) 東総門跡の大垣宿の案内板。桝形道路が何箇所もあります。 大垣市指定史跡、大垣城跡。美濃街道から右折して大垣城へ立ち寄る。 関連:大垣城主・池田恒興 。 リンク:岡山市・池田恒興家代々
愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市(その2) 愛知・38市史跡・社寺めぐりー新城市をご訪問下さいまして 有難うございます。 火縄銃弾丸採集地(中)。左は採集地の近くの道祖神の祠。 この案内図は下がほぼ北になっています。 新東工業(
下(した)街道(善光寺街道・春日井その1) 勝川天神社。 住吉屋。勝川は下街道の宿場町で伊勢神宮、善光寺、御嶽山参詣などで賑わい十数軒の旅籠と 立場茶屋などがあり、住吉屋は規模も大きく往時の姿をよく残すと記されています。また個人 宅で迷
伊勢長島(佐屋街道) 伊勢長島(明治・東海道) 佐屋街道:長良橋東付近の歩道埋め込み道標。 ウィキメディア・コモンズ経由で・佐屋路と周辺の主要街道[? 1] 旧佐屋路は明冶5年に宮(熱田)から弥富市の前ヶ須まで新東海道が開通し、 「佐
徳川家康公 愛知史跡めぐり(その10) 長い間画像が表示されずご迷惑をおかけしました。原因不明です。 勝楽寺(上左)。設楽原決戦で勝利した信長、家康が立ち寄り戦勝の祝杯をあげ、松楽寺と いう元の名を戦勝に因んで勝楽寺に改められたという。