東海道五十三次四十九番目、坂之下宿(その1)
東海道五十三次四十九番目、坂之下宿(その1) 広重、坂之下、筆捨嶺 広重画検証:筆捨山絵の右茶店付近は一般住宅があり近寄れません。 大きな岩肌が、新緑に映える木々の間からあちこちに現れ、 広重画によく似ています。 坂下宿泊まりで夕焼け
東海道五十三次四十九番目、坂之下宿(その1) 広重、坂之下、筆捨嶺 広重画検証:筆捨山絵の右茶店付近は一般住宅があり近寄れません。 大きな岩肌が、新緑に映える木々の間からあちこちに現れ、 広重画によく似ています。 坂下宿泊まりで夕焼け
東海道五十三次四十三番目、四日市宿(その1、平成10年版) 広重、四日市、三重川 行書版、隷書版に描かれた有名な追分三叉路、 鳥居の方向が伊勢街道、右手前の国道が旧東海道、 京、大阪へと石碑が建っている。 旧東海道も現在四日市市内では
東海道五十三次四十四番目、石薬師宿(その1,平成10年版) 平成22年版と比較してご覧下さい。 広重、石薬師,石薬師寺 左は広重画ずばりの場所と思われます。平成10年4月12日撮影 石薬師寺の参道と句碑 神社正面左折し約80メートル
東海道五十三次四十六番目、庄野宿 広重、庄野、白雨 宿場,下段の街道名をクリックして下さい 庄野宿資料館前の案内板。 庄野宿北(江戸方)の入り口にあります。 比較的こじんまりの庄野宿は国道1号線の庄野北の 信号機を右折し、小さな坂
東海道五十三次四十六番目、亀山宿(その1,平成10年版) 広重、亀山、雪晴 亀山城天守閣は寛永9年に幕命により解体されたため、 この多聞櫓が建てられたと伝えられ明治30年に改修され、 三重県下で唯一残る城郭建造物です。 満開の桜に浮か
名古屋城正門前に完成した能楽堂 平成9年に完成、和風建築の粋を極めた豪華な名古屋能楽堂の正面 (1998年3月29日撮影) 舞台は総木曽桧造りで、全体に大きくしつらえてあります。 写真はパンフレットをスキャンしたものです。
東海道五十三次、岡崎宿(その1、平成10年版) 広重、矢作之図 国道1号線にかかる現在の矢作橋、 秀吉年少のころ蜂須賀小六と出会ったと いうところ、保永堂版などすべて矢作橋と 岡崎城が描かれているが、当時の橋の位置は もっと下流に架かっ
東海道五十三次三十九番目、藤川宿(その2、平成10年版) 広重、藤川棒鼻の図 国道1号線の南を東西徒歩約20分の宿場町、 ここ西棒鼻より東棒鼻までの徒歩約12、3分の 旧東海道は松並木と共に昔の面影が残されている。 岡崎市指定の天然記
東海道五十三次四十二番目、桑名宿(その1、平成10年版) 広重、桑名、七里渡し口 東海道唯一の海路が宮(現在の熱田区)の渡しから 桑名まで、海上約25キロ、4時間の船の旅でした。今は 車で約30分です。ここ桑名の渡しです。現在は写真 の
2005年万博への歩み 3月10日以来ご覧下さいました協賛万国博の誘致関連のステッカーは 取り下げ、"万国博への歩み"として 折りに触れて順次リポーとして行きます。 クリックすると大きく見れます。 長男の誕生日3月10日を記念日として