愛知・38市史跡・社寺めぐりー犬山市>
愛知・38市史跡・社寺めぐりー犬山市> 天守(国宝)・別名 白帝城 。 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』出稿。 犬山城と車山(犬山祭) (2017年(平成29年)4月) 今年度は中止です。 フリー百科事典『ウィ
愛知・38市史跡・社寺めぐりー犬山市> 天守(国宝)・別名 白帝城 。 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』出稿。 犬山城と車山(犬山祭) (2017年(平成29年)4月) 今年度は中止です。 フリー百科事典『ウィ
東海道五十三次、京都(その1) 広重、京都、三条大橋 三条大橋西詰めの銅像を正面と斜めから撮って見ました。別人のような風情です。 ここから大橋を渡り三条通り(旧東海道)を東(江戸方)へ向け歩きます。 三条大橋東詰めの説明板。 三条大
稲(とう)・中・美 濃尾環状歴史街道(犬山宿その2) 本町通りを北上してやっと犬山城が見える場所まで来ました。そこでパチリ。 本町通りと同じ電柱など電線のないすっきりした通りを東に進む。祭りの山車が通る道ゆえ 整備されたものという。約3
豊臣秀吉特集(その3,ねね出生地) 歴史書によればねねの出生地は尾張の国清洲の朝日村と書かれた ものが多い。そこで朝日村の厳島神社を尋ねた。由緒によれば2000 年前の石器、弥生時代の遺品が発掘された朝日遺跡(村全体の7割 が発掘対象とい
東海道五十三次、三島宿(その1) 広重、三島、朝霧 広重画検証:この大社の大鳥居が描かれたもので富士の清流が湧き出す三島では、 霧が立ち込める朝の出で立ちの様子がよく見られます。 三島大社の社殿。 源頼朝の三嶋神に対する崇敬は篤く、
下(した)街道(善光寺街道・春日井その2) 坂下御殿跡。源敬公は初代藩主・徳川義直、名古屋城主。 坂下神社。境内の稲荷神社(左)。 萬寿寺。 常夜灯と付近の街道。萬寿寺から市役所坂下出張所の間、下街道のルートが判然としない部分が あ
信長誕生から岐阜城まで(その4) 名鉄・富士松駅前にあります。 小豆坂古戦場跡1。上写真3枚は古戦場跡に並んで建つ3基の碑石。 関連:尾張・守山:宝勝寺守山崩れ 祐伝寺。築山御前の首塚は、一般的には下記の八柱神社が知られていますが、こ
中仙道:関ケ原宿(その2) 関ケ原古戦場跡・石田三成陣地の陣形図説明モニュメントと町中の徳川家康陣地。 関ケ原歴史資料館前にあります。 関ケ原脇本陣跡。 この巨木・スダジイが関ケ原本陣の庭の一角であった。 街道から北へ約70メート
中仙道:醒ヶ井宿(滋賀県)(その1) ウィキメディア・コモンズ経由で・木曾街道六拾九次 醒井(歌川広重画) 宿場,下段の街道名をクリックして下さい 「小川の関」を過ぎると今までの舗装道路から杉木立の鬱蒼な荒れた旧道に入ります。 この
徳川家康公 愛知史跡めぐり(その7) 代官所址ポケットパークにある説明板。 代官所址。慶長20年4月大阪夏の陣、この佐屋から船出した徳川軍が勝利を 収めた吉祥の地とされ、その後佐屋御殿、船番所、奉行所、代官所など次々と 設けられて、この