徳川家康公 愛知史跡めぐり(その7)
徳川家康公 愛知史跡めぐり(その7) 代官所址ポケットパークにある説明板。 代官所址。慶長20年4月大阪夏の陣、この佐屋から船出した徳川軍が勝利を 収めた吉祥の地とされ、その後佐屋御殿、船番所、奉行所、代官所など次々と 設けられて、この
徳川家康公 愛知史跡めぐり(その7) 代官所址ポケットパークにある説明板。 代官所址。慶長20年4月大阪夏の陣、この佐屋から船出した徳川軍が勝利を 収めた吉祥の地とされ、その後佐屋御殿、船番所、奉行所、代官所など次々と 設けられて、この
下(した)街道(善光寺街道・春日井その2) 坂下御殿跡。源敬公は初代藩主・徳川義直、名古屋城主。 坂下神社。境内の稲荷神社(左)。 萬寿寺。 常夜灯と付近の街道。萬寿寺から市役所坂下出張所の間、下街道のルートが判然としない部分が あ
愛知・38市史跡・社寺めぐりー豊田市(その12) 豊田市8回目の訪問は名鉄・三河線若林駅から市南部を主に旅します。 Google Translation(nihongo→English) テキスト文字のみ翻訳できます。 写真内の文字は翻
信長誕生から岐阜城まで(その4) 名鉄・富士松駅前にあります。 小豆坂古戦場跡1。上写真3枚は古戦場跡に並んで建つ3基の碑石。 関連:尾張・守山:宝勝寺守山崩れ 祐伝寺。築山御前の首塚は、一般的には下記の八柱神社が知られていますが、こ
中仙道:関ケ原宿(その2) 関ケ原古戦場跡・石田三成陣地の陣形図説明モニュメントと町中の徳川家康陣地。 関ケ原歴史資料館前にあります。 関ケ原脇本陣跡。 この巨木・スダジイが関ケ原本陣の庭の一角であった。 街道から北へ約70メート
中仙道:醒ヶ井宿(滋賀県)(その1) ウィキメディア・コモンズ経由で・木曾街道六拾九次 醒井(歌川広重画) 宿場,下段の街道名をクリックして下さい 「小川の関」を過ぎると今までの舗装道路から杉木立の鬱蒼な荒れた旧道に入ります。 この
愛知・38市名所史跡・社寺めぐりー西尾市(その1) 三河の小京都と言われる名鉄西尾駅に降りたって、jr名古屋駅前と変わらぬ広さに 驚きました(中)。右は駅から西北へ約5分ほどの三条橋。因みにニ条橋から五条橋 まであります。ここからニ条橋へ
愛知・38市史跡・社寺めぐりー知立市(その3) 在原寺及び境内の案内。 関連:。 ウィキメディア・コモンズ経由で・English: Kan? Tan’y?日本語: 狩野探幽, Public domain, 「三十六歌仙額」 在
東海通駅周辺案内(その2、南陽のふるさとめぐり) 名古屋市交通局リンク: 浄恩寺。寺の右上に市内最大の「イブキ」が見えます。 港区役所推奨の「南陽のふるさとめぐり」の小さな旅を、地下鉄名古屋港線東海通駅から市バス河合小橋行 (西へ一
秀吉公尾張中村から京都~大阪城まで(天王山山崎合戦⇒淀城跡⇒伏見・指月城跡まで) 恵解山(いげのやま)古墳が明智光秀の本陣であったのではとの説が確認出来ました。 そこで同場所から天王山山崎城跡方面を撮りました。 長岡京市 国史跡・