中山道・大湫宿(その1)
中山道・大湫宿(その1) 宿場西入り口、高札場に掲げられた案内板です。 宿場東北の入り口で宿場の東北の町並みを撮る。ここから十三峠を越え大井宿へ向かいます。 10年程前、中仙道ゴルフ場でホール移動中、リュックを背負ったカップルに出会いビ
中山道・大湫宿(その1) 宿場西入り口、高札場に掲げられた案内板です。 宿場東北の入り口で宿場の東北の町並みを撮る。ここから十三峠を越え大井宿へ向かいます。 10年程前、中仙道ゴルフ場でホール移動中、リュックを背負ったカップルに出会いビ
上小田井駅周辺案内(地上駅,その2) 清洲城特集 ハイビジョン映像:清洲城と五条川のさくら 清洲城(織田信長の居城)上小田井駅から西へ約3キロ余り,五条川を挟んで 東側に新しい、西側に清洲城跡(写真右)があります。 天守閣の展望,左は
東海道五十三次、水口宿(滋賀県)(平成23年版 その2) 広重、水口、名物干瓢 宿場,下段の街道名をクリックして下さい 広重画検証:北脇縄手付近から見る風景が良く似ています。 左、柏木公民館前の名物干瓢つくりの一家人形劇のミニ舞台。
脇往還:佐屋街道(佐屋宿その1) 佐屋街道:長良橋東付近の歩道埋め込み道標。脇往還・佐屋街道は東海道宮宿~桑名宿間は 距離が長く旅人の便利をはかるためこの万場宿、神守宿、佐屋宿が設けられた。 新日光橋西詰めの説明板。第5日目は2011.
中仙道:今須宿 ウィキメディア・コモンズ経由で・歌川広重「木曽街道六十九次・今須」 東海道・中仙道・美濃路 環状歴史・出世街道。歴史を訪ねて遠くへ旅するほど我が家が近くなる 宿場,下段の街道名をクリックして下さい 今須一里塚跡,南
日光街道・新田宿 現在は栃木県小山市羽川に相当する。天保14年(1843年)の『日光道中宿村大概帳』によれば、本陣は1軒、 脇本陣は1軒設けられ、旅籠が11軒(大2、中4、小5)あった。宿内の家数は59軒、人口は244人であった。 現在
中山道・野尻宿 恵那市大井橋で撮影したものです。「野尻 伊奈川橋 遠景」のサインがあります。 伊奈川橋風景はで掲載しています。 野尻宿案内標識付近の中山道。 対岸の大桑発電所(右)と野尻宿へ行く坂道。 踏み切りを越える(右端)とま
中山道:新加納(間の宿) 鵜沼宿と加納宿の間は4里10町(約17キロ)と長いため、立て場茶屋という 少休止所がここ新加納に設けられていました。 公共交通機関をご利用の場合は 名鉄・各務原線岐阜行きに乗車、各務原駅下車が便利です。 各
東海道五十三次四十六番目、亀山宿(その2、平成22年版) 江戸方の入り口から順に掲載しています。 広重、亀山、雪晴 宿場,下段の街道名をクリックして下さい 亀山宿は江戸方より順に掲載して行きます。 中富田一里塚から一里の道程となりま
愛知・38市史跡・社寺めぐりー豊橋市(その4) 賀茂神社。 賀茂神社境内案内図。長い参道と鬱蒼とした広大な森に鎮座します社で檜皮葺の建物が 際立つ古い歴史の神社です。 徳川家康公、境内の巨大な楠の空洞に潜んで危地を脱したと云われる。