祐伝寺。築山御前の首塚は、一般的には下記の八柱神社が知られていますが、ここ祐伝寺にも
首塚が存在しているのは、あまり知られていないようです。
祐伝寺
八柱神社1。
八柱神社2。
徳王稲荷金刀比羅社。家康公も弓の稽古で数度訪れたといわれる神社です。また境内の藤の花は
(左端)東海道一の名声で花房は「こんぴら藤」と称され6尺に及ぶといわれます。
徳王稲荷金刀比羅社
若宮八幡宮。
若宮八幡宮
「若宮八幡宮由緒」第3面をコピーしたものです。関連:岡崎三郎信康
八柱神社(左)。由緒。
右は神社境内の築山御前首塚。
築山御前首塚説明
八柱神社
岡城址。城址上写真左から祠、和の大きな文字の碑石、碑文が刻まれた碑石。
岡城址
左から上ノ郷城主郭址。城の南側土塁。上ノ郷城址石碑(愛知県)。
リンク:上ノ郷城主郭址
西尾市康全寺。本堂工事中でした。
東條城跡。左は物見櫓と大手門。右は本丸跡。右端は東條城跡の大きな碑石。
東條城跡
三の丸跡に鎮座する八幡社(上左)。三の丸跡(中)。三の丸跡に立つ「東條城の落日」説明文。
鎌倉以来連綿と続いた名門東條吉良氏の居城は松平の手に落ち家康の三河平定は完了しました。
東條城跡に立つ説明板。
西方寺。小島城があったとされる石碑(中、城山稲荷)ですが場所は近くの工場から移転されたという。
リンク:小島城
室城(牟呂)跡。城(牟呂)跡と隣接する林松寺にまつわる民話の道「水のみ龍」
林松寺の民話
室城(牟呂)跡
西浅井城跡。城跡は個人宅となっていますが公道から堀壕跡(上写真)など見学できます。
西浅井城跡
寺部城案内。
寺部城に寄寓した小笠原貞頼氏が小笠原諸島を発見し名付けられたと記されています。
写真上左から寺部城址登り口。城址から三河湾を望む(中)。
安泰寺参道(左)。境内のいぼ地蔵尊(右)。
浅間神社。家康が天正10年の本能寺の変で岡崎へ帰城する時、当地で農民が「麦えまし」を差し出したと
記されています。
浅間神社
東端城址がある城山稲荷大明神の鳥居と東端城説明碑。
徳川家300年の礎を築いた先祖・松平親氏公の松平郷
徳川家康公 愛知史跡めぐり(その1)
(その2)
(その3)
(その4)
(その5)
(その6)
(その7)
(その8)
(その9)
(その10)
(その11)
徳川園第1部 徳川園第2部 第16回春姫道中第1部 1:東照宮夜桜
奉祝・新元号第1部 「金シャチ横丁」第1部 第2部 国定公園その2
徳川家康公の先祖・松平郷(豊田市)を訪ねるわくわく旅 第2部 豊田市東部から岡崎市北部の旅
名古屋城本丸御殿完成記念号(第1部) (第2部) (第3部)
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